はじめに
脊椎の動的な不安定性、イレギュラー性を調査するにはニュートラルな状態での椎体・椎間板などの計測と、屈曲(伸展)時の計測との差を算出しなければならない。当然のことながら静的な一つの画像を計測するのと比べると、二つの画像を比較する結果は単純に倍の誤差が生じる。椎体や椎間板の計測は側弯があったり体が少し傾いていると輪郭が二重になり、どこを計測して良いのかわからなくなるというのに、二つの数値の差を出すということ自体、角度なら5°や10°の誤差は当たり前と思わなければならない。それはどんなにていねいに、どんなに厳密に行っても避け得ない。私は脊椎の機能撮影写真を用いて可動域やアライメントを調査するにあたって、厳密なルールを設定して計測した(ルールに関しては別記、脊椎単純X線計測法 ~その実践~を参)。そうした用意周到な計測でさえ誤差が生じるわけで、一般の臨床家たちがルールも決めずに計測している様を考えると、これまでのおおざっぱなX線写真計測による論文は、信用するに値しないものもたくさんあると思われる(世界で名の通った研究者のデータでさえアバウトで信用できないものが多いと思われる)。ましてや、脊椎屈曲時の椎間板の可動域の総和を調査するような場合、例えば5つの椎間板の可動角度の総和を出すには10個のデータを用いるわけで、最初はたった5°の誤差でも、算出時には5×10=50°もの誤差になる可能性もある。
ここでは実際にどのくらいの誤差が出てしまうのか?について私自身が計測した結果を元に調査してみた。そして可能な限りその誤差を少なくする方法について述べると共に、今後、この手の研究調査をしようとする臨床家たちに、「XPをもちいて計測するのなら、誠実さと慎重さと己に厳しくする精神力が必要」であることを強調するためにこのような文章を書くに至った。そうした己に厳しくする精神力を持たずして計測したデータは、過去のデータも未来のデータも信用に値しないことを再度述べておく。
測定誤差の調査方法
頸椎機能撮影を行った5歳から20歳(撮影時の年齢)までの52症例で屈曲可動域を計測した。計測法の詳細は「脊椎単純X線計測法 ~その実践~」を参。屈曲可動域は以下のような2通りで算出した。- 1)頭蓋底とC7椎体上縁のなす角度C0/7を計測(Neutral positionのC0/7とFlex positionのC0/7を計測しその差を求めた)。
- 2)全椎間可動域の総和を求めた。C0/7=C0/1+C1/2+C2/3+C3/4+C4/5+C5/6+C6/7
1と2の結果は理論上等しくなるはずである。しかしながら1は4つの測定値から導き、2は14の測定値から導くので2の結果は誤差が大きくなる可能性が高い。この二つの数値を比較することにより、人間がどれほど厳密にXPを計測しようとも必ず誤差が生じてしまうことを証明する。以下のデータは1列目が1)の計測結果、2列目が2)の計測結果、3列目(赤字)が1)-2)の値(誤差)である。
46.4 | 54.1 | -7.7 | 34.1 | 34.4 | -0.3 | |
67.2 | 61 | 6.2 | 34.2 | 46.4 | -12.2 | |
18.4 | 5.5 | 12.9 | 21.6 | 21.1 | 0.5 | |
60.3 | 49.6 | 10.7 | 37.8 | 39.7 | -1.9 | |
40.2 | 46.1 | -5.9 | 77 | 61.2 | 15.8 | |
42.5 | 47.8 | -5.3 | 30.1 | 14.8 | 15.3 | |
37.3 | 44.9 | -7.6 | 59.9 | 58.8 | 1.1 | |
36.3 | 26.9 | 9.4 | 44.9 | 52.4 | -7.5 | |
27.2 | 23.2 | 4 | 58.6 | 57.8 | 0.8 | |
40.2 | 32.6 | 7.6 | 52.7 | 52.6 | 0.1 | |
61.8 | 50.1 | 11.7 | 36.8 | 28.6 | 8.2 | |
12.4 | 22.9 | -10.5 | 15 | 21.2 | -6.2 | |
57.2 | 45.4 | 11.8 | 53 | 35.9 | 17.1 | |
33.4 | 42.1 | -8.7 | 45.9 | 39.8 | 6.1 | |
37.1 | 19.3 | 17.8 | 53 | 41.1 | 11.9 | |
20.9 | 33 | -12.1 | 22.9 | 22.3 | 0.6 | |
24.4 | 29.7 | -5.3 | 57.4 | 41.8 | 15.6 | |
40 | 39 | 1 | 48.4 | 40.8 | 7.6 | |
42.6 | 35.5 | 7.1 | 31.9 | 24.6 | 7.3 | |
13.1 | 11.6 | 1.5 | 28.8 | 20.5 | 8.3 | |
23.5 | 24.5 | -1 | 59.1 | 45.4 | 13.7 | |
29.6 | 36.3 | -6.7 | 14.5 | 24.7 | -10.2 | |
27 | 35.2 | -8.2 | 27.7 | 31 | -3.3 | |
34.8 | 30 | 4.8 | 37.6 | 29.9 | 7.7 |
結果
- 数値1)の平均値±δは37.8±15.3
- 数値2)の平均値±δは35.7±13.3
- 誤差の平均値±δは7.7±5.3
- 20.3%~21.6%の測定誤差が生じるという結果
考察
頸椎のNeutralとFlexの差を求め、C0/7の屈曲可動域を調べるという調査において、4点計測の和差と14点計測の和差の誤差を調査した結果、平均して約2割の数値差が生じることがわかった。私は独自に厳しい調査ルールを設定し、誤差を少なくするためのあらゆる努力を払ったにもかかわらず2割の誤差を生じたわけで、人間が立体の投射映像である平面のXPを計測するという事自体が、誤差を避け得ないことが判明した。私は被写体が側弯症や悪い姿勢で撮影していることも考慮に入れ、斜めになった被写体の角度計測でできるだけ誤差が出ないような工夫も行い、長時間かけて再計測も行ってデータを採取した。つまり、誤差をなくすことに全力を尽くした結果、2割の測定誤差が生じるのであって、一般の臨床家がそういう配慮もせずにXP計測をすれば、誤差は2割ではすまない。過去の論文を調べると、例えば臼蓋骨の角度計測で「2重に映ったエッジのどちらを計測していますか?」というような質問が、学会でなされていることを聞くと、斜めに映ったXPの補正を、過去の臨床家たちが行っていないことが判明する。2重線のどちらを計測するのか?で角度は5~10°は変化する。つまり、計測はアバウトになされている。よって私は過去の臨床家たちのXP計測結果を真に受けはしないことにし、参考程度にすることにしている。特に脊椎の術後のXP評価などでは誤差がはなはだしく、術後に後弯、前弯がつく、つかないの類の論文も参考程度にしかしていない。
ここで重要なことは論者の気分で数値の2~3割は動いてしまうということを、私たちは認識しつつ研究しなければならないということ。これはデータの故意の改竄ではなく、無意識のうちに行われる悪意のない改竄である。XPの計測では「悪意のない改竄」によりデータは論者の理論展開に有利な方向へ動いてしまう。このことを知らずして論文をうのみにすれば真実が歪む。測定誤差についての論文は自虐的であり、そうそうないであろう。今後の臨床家たちへの注意を促すために、敢えて誤差について述べた。
測定誤差を軽減するための努力について
1)2重線の計測
斜めに映る場合の二重線の処理方法、前方にある物体と後方にある物体の拡大率の差によって生じる2重線の処理方法などが問題になる。二重線が生じている場合、二本線の中線を計測しなければ正確なデータは採取できない。しかし、フィルムから遠い物体の(手前の)ラインはピントがぼけているのでアウトラインを追うのにかなりの手間暇を要する。手間暇は要するがこれを省略するとデータの信用性が激しく低下する。信用性を低下させないためにも、今後の論文には計測方法を記載することを義務付ける必要がある。その前に計測方法を確立させるべきだが…、そのために計測方法の詳細を別に記している(脊椎単純X線計測法 ~その実践~参)。2)椎間板の角度計測
Luska関節(椎体の土手)を計測すると誤差が大きくなるので椎体の接線を計測。斜めに映っている場合、椎体のラインも2重になる。これは1)の方法で処理。3)動的角度の計測
被験者は正中位と屈曲位、伸展位ではそれぞれ微妙に姿勢が変わる(撮影中に左右に体が傾くため)。さらにわずかな側弯症がある場合、屈曲時には彎曲が補正され、逆に椎体の左右の傾きの変化率が大きくなる。 よって屈曲可動域を測定する際に5°程度の誤差がつくことがしばしばある。しかしながら椎間板の最大でも屈曲可動域は10°程度であり、5°の誤差はこの手の研究では致命的な欠陥となる。ましてや、椎間の奇異運動の調査などでは(「頸椎機能撮影と臨床意義の調査」を参)0°なのか-1°なのか?でデータの解析内容が変わる。よって、この5°程度の差をなくさなければならない。そのため私は計測に以下のような視覚的な修正も加えた。左の図は頸椎伸展時撮影。右図は中間位撮影。C6/7の椎間板の角度を計測し、両者の差より奇異運動(「頸椎機能撮影と臨床意義の調査」参)の存在を知る場合、青ラインのなす角度から緑ラインのなす角度を引く。その際、わずかな計測誤差も許容されないので、棘突起間の開き具合を視覚的にとらえて修正する。つまり、緑塗りの部分は青塗りの部分よりも狭角であることを視認する。すなわちこのC6/7は頸椎を伸展させた時に前屈するという奇異運動を起こすことがわかる。左図と右図の差をとればマイナスとなるはずなので、マイナス値に必ずなるように厳密に何度でも計測しなおすのである(当然ではあるが捏造は決してしない)。
まとめ
脊椎の機能撮影においてどれほど厳密に計測しても2割程度の測定誤差が絶対に発生してしまうことを数値で証明した。2割の誤差は頸椎の奇異運動の調査などにおいては許容され得ない。よってこの手の研究には測定誤差をなるべくゼロにする工夫が必要となる。その手法として厳格な計測ルールを設定すること。計測後にも他のあらゆる方法を用いて再計測による修正をすることなどが必須である。これらのことをなし得ていない過去の論文データは参考程度にしかならないものであり、未来においてもこのような厳密な計測をしないものは信用してよいデータとはなり得ない。特に脊椎不安定性を計測するための、すべり計測法などは、あまりにも稚拙でお粗末としか言えない。今後、もっと真摯に計測法について世界共通の統一した基準を作成しなければこの手の論文の信用性は地に落ちる。今回、臨床家たちのXP計測のいい加減さについて自虐的な意見を具体例を挙げて述べた。真実を追究するためにやむを得ず恥部をさらけだした。