新たな治療概念「現状維持」の必要性
これまでの医学は治癒しないものに対して積極的な治療は行うべきではないという理念がありました。例えば硬膜外ブロックという治療をするに際して、「通常、硬膜外ブロックは痛みにはよく効きますが、しびれには効果がほとんど見込めない」と言われているため、両下肢のしびれを訴える患者に硬膜外ブロックを行うべきではない、という考え方でした。 また、痛みに対しても、硬膜外ブロックを行えば2~3日は痛みが消失しますが、1週後には元の痛みに戻る、という場合、それは根本治療になっていないので行うべきではないという理念がありました。しかし、これらの理念は現代の高齢化社会にそぐいません。例えば、坐骨神経痛が強くて働けませんが、硬膜外ブロックを行えば痛みが軽減し4日間は仕事ができるという患者がいたとします。確かにブロックして1週間後は元の痛みに戻るかもしれませんが、この患者はブロックを毎週行うことで仕事を継続させることができます。週1回のブロックのおかげで社会に貢献できます。治癒を目的とするのではなくQOLを向上させるための「現状維持のための」積極的治療が現代社会に求められています。治癒しない患者には積極的な治療はしないとするこれまでの医学概念を守っていたのでは働けない高齢者が増えてしまい国が崩壊してしまいます。
同様に介護をしている家族の立場を考えますと、硬膜外ブロックを行えば、1週間のうち4日は自力でトイレに行けるという寝たきり患者がいたとします。この患者に硬膜外ブロックを行うことは介護している家族の人生を救うことになります。
治癒させることをゴールと考える医療をこれまで通りに行っていると、治癒しない高齢者は治療対象外として切り捨てられてしまい、本人にも家族にも社会にも大きな打撃を与えます。死の一歩手前まで自立した生活を送られるようにするには、これまでの医療概念は障壁となります。新たな概念として「治癒を目的とせず生活水準を保持するための積極的な治療」の概念が社会に求められています。
私はたとえば、脳梗塞後遺症の歩行困難者や車椅子でしか外出できない高齢者にも積極的に継続定期治療を行い、本人とその周囲の生活水準を向上させる医療努力を十数年前から行っています。通常、医師は機能回復が見込めない患者を見ると、それだけで積極的治療をあきらめてしまいます。私はまた積極的治療により、車いすの患者でさえ屋内でなら自立した生活を送れるようにして差し上げています。私はまた、脊椎の手術を受け、その後数年で歩行困難になり、再手術が不可能で「治療の手段がありません」と宣告された患者さえもブロック治療で日常生活を送れるようにして差し上げています。治療は無駄ではありません。あきらめないことです。