腰椎すべり症と過活動性膀胱の関連調査

すべり症調査のきっかけ

  •  私は腰椎疾患と直腸膀胱障害の有無について患者から聞き取り調査を行ってきたが、腰椎疾患を持ち、神経ブロックを受けている患者の実に84%にあきらかな頻尿の症状が認められた(「頻尿の原因が腰椎由来であることの実態調査」参)。これは信じられないほど莫大な数字であるとともに、特に下肢にしびれ・突っ張り・だるさなど痛み以外の症状を訴える者はその100%において頻尿症状が認められた。
  •  こうした傾向は高齢者だけでなく、10代の男女にも認められる。特にL5分離すべり症をともなった13歳の少年に頻尿現象があったことをきっかけに、もしかするとすべり症と直腸膀胱障害は年齢に関わらず、若年層でも密接な関係があるのではないか?と推測したのが調査のきっかけとなった。

 対象

  •  2011.7.19と7.22の2日間に私の外来に来院した112名の外来患者のうち、S1以下の根症状(S1以下の知覚異常、大腿後面、下腿後面、足底のしびれ、だるさ(痛みも含む)尿意異常)を持つ者は24名であった。
  •  その24名の腰部単純XP側面像を調べ、すべりの有無をチェックした。すべりの計測方法については(「腰椎XPの読み方」の<新しいアライメントの考え方>参照)。
  • 尿意異常=就眠後2回以上または昼間8回以上を異常 とした
  • すべりは2ミリを超えた者を対象とし、2ミリ以下のすべりは「すべりなし」とした。
 
  知覚異常 症状 すべり
76F 両下腿後面 歩行でだるく なし
70F 右下腿後面 しびれ、尿意↑ L4:4㎜、L5:-2㎜
67F 左殿部 痛み、だるさ、尿意↑ L4:4㎜、L5:4㎜
86F 両足底 しびれ、尿意↑ L4:4㎜、L5:-5㎜
78F 両下腿後面 歩行でだるく、尿意↑ L4:-6㎜、L5:7㎜
72F 両下腿後面 痛み、だるさ、尿意↑ L4:10㎜、L5:-4㎜
73M 両大腿下腿後面 痛み、しびれ、尿意↑ L4:5㎜、L5:-4㎜
32F 右大腿下腿後面 痛み、だるさ、尿意↑ L5:-3㎜
13M 右下腿後面 痛み、だるさ、尿意↑ L5:5㎜(分離)
74M 両下腿後面 痛み、だるさ、尿意↑ L3:4㎜、L5:-5㎜
88F 両下腿後面 だるさ、しびれ、尿意↑ L4:6㎜、L5:8㎜
56F 両大腿後面 だるさ、尿意↑ L5:5㎜
70F 両下腿後面 痛み、しびれ、尿意↑ L5:-3㎜
74M 両下腿後面 痛み、しびれ、尿意↑ L5:4㎜(L5/S後方固定術)
52M 仙尾部 痛み、だるさ L5:-6㎜
69F 両下腿後面 だるさ、尿意↑ L4:5㎜、L5:7㎜
81F 左下腿後面 痛み、だるさ、尿意↑ L4:11㎜、L5:-3㎜、L4-L5fusion
76F 左殿部 痛み、だるさ、尿意↑ L4:7㎜、L5:3㎜
83F   腰痛、尿意↑ L4:6㎜、L5:-6㎜
68F 右大腿下腿後面 痛み、だるさ、尿意↑ L3:5㎜、L4:4㎜
82F 左下腿後面 痛み、だるさ、尿意↑ L3:4㎜、L5:-5㎜
77F 両大腿下腿後面 痛み、だるさ、尿意、便意 L3:-3㎜、L4:8㎜、L5:5㎜
53F 両大腿下腿後面 痛み、だるさ、尿意↑ L5:4㎜
37F 両大腿前面 痛み、尿意↑ L5:-8㎜、MRIで異常なし
マイナスは後方すべり

 結果

1)S1以下の領域の知覚異常を訴える者の症状は以下のような特徴があった
  • しびれ単独:2名(8.3%)
  • だるさ単独:4名(16.7%)
  • しびれ+だるさ:1名(4.2%)
  • 痛み+しびれ:3名(12.5%)
  • 痛み+だるさ:12名(50.0%)
  • その他(S1以下の領域に知覚異常がなかった)2名(8.3%)

特色ある結果

  1. S1以下の症状を持つ患者たちには疼痛単独の症状を訴える者は一人もいなかった。24名全員が痛み以外の症状を合併していた。
  2. 痛みの性質にも共通点があり、ズキズキするようなColic Painは1名もおらず、全例がスピードの遅い緩い痛みであった(表には記載していない)。

 考察

S1以下の症状を呈する患者の場合、おそらく神経根が圧迫されるというような単純な理由だけで症状が起こっているのではないと思われる(疼痛単独の症状ではないから)。そしてなぜそのような症状が出ているのかの理由は「不可解」としかいいようがない。
すべり症に伴う直腸膀胱障害
  • 今回、直腸膀胱障害を訴えた者のうち
  • 尿意頻回 22名
  • 尿意低下 0名
  • 便意頻回 1名

特色ある結果
  1. 尿意異常は全員が頻尿であり乏尿は一人も存在しなかった(「頻尿の原因が腰椎由来であることの実態調査」)を参。
  2. 尿意異常を訴えた者は22例であったが、その100%にすべりが存在していた。

S1以下の知覚異常(痛みも含む)と尿意異常は密接な関係がある。今回は対照を調査しなかったため検定はできていないが、「S1以下の知覚異常と尿意頻回はほぼセットになる症状」と断定してもよいほど合併率が高かった。また尿意頻回を訴えた症例の100%ですべりが存在していたということより、
  • A)S1以下の知覚異常 B)尿意頻回 C)下位腰椎すべり
ABCの三つはセットになって現れる症状と言ってよさそうである。しかも、今回の調査でのBCの一致率100%という数字は驚くべきとしか言いようがない。ただし、問診は尿意というデリケートな症状だけに、患者は話したがらない傾向があり、こうした調査を真剣に進めるためには、医師と患者の信頼関係が非常に重要である。つまり、信頼関係を結ぶことが苦手な医師には、研究自体が成功しにくいと思われ、この点が調査する医師によって結果が変わりやすいという難点がある。
 

 すべり部位について

すべりが存在する全23名中
  • L5がすべっている症例:22名(95.7%)
  • L4がすべっている症例:13名(56.5%)
  • L3がすべっている症例:2名(8.7%)

特色ある結果

  • S1以下の神経根障害にL5すべりが95.7%関与していた。
  • L5が後方すべり例:11名(47.8%)、前方すべり例:12名(52.2%)

考察

このデータを見る限り、S1以下の神経根障害にL5のすべりはほぼ必須のように思える。L3、L4のすべりは加わってもかまわないが、L3やL4すべり単独は0例である。よってS1以下の神経障害に深く関与するのはL5のすべりであると考える。L3やL4すべりの影響は強くないという意味。
L5が後方すべり例:11名(47.8%)、前方すべり例:12名(52.2%)であり、すべりの方向と症状は無関係と思われる(検定はできていないので信頼性は低い)。この結果より、S1以下の馬尾症状には①滑るという不安定性、②滑ることによる脊柱管の狭窄、③滑ることで馬尾の走行が非直線的になることなどが機械的刺激の原因になっていると考える。  

年齢とすべり箇所の関係

  • L5単独のすべり患者:8名(34.8%)年齢平均44.7歳
  • L4+L5のすべり患者:11名(47.8%)
  • L3+L5のすべり患者:2名(8.7%)
  • L3+L4のすべり患者:1名(4.3%)
  • L3+L4+L5のすべり患者:1名(4.3%)全て含めて年齢平均81.7歳

特色ある結果

L5単独すべりの者の年齢を見ると圧倒的に若い! 平均年齢は44.7歳。その他の複数すべり患者の年齢平均は81.7歳。見事なまでの大差!

考察

私が行った破格の調査では先天性腰椎分離すべりはそのほとんどがL5単独であった。すなわち、L5単独のすべりは先天的なものである可能性が高く、平均年齢が圧倒的に若い理由はそれらの症例は先天的なものであるからだと推測した。ここで言う先天的は「すべりは生まれつきのアライメント保持のための支持機構に問題がある」との見方である。生まれつきのアライメント支持機構異常についてはH14年現在、進行形で調査している。
<認識不足の整形外科医に警鐘> 次の図はL3前方すべり、L4後方すべりという珍しくないアライメント異常のXP写真である。左右の写真は同じ。右はわかりやすいようにグラフィック処理をした。 すべりと馬尾症02
  • この写真ではL3の椎間孔(L3/4)が大きく広がり、L4の椎間孔がL5の関節突起によって狭小化していることがわかる。
ここで言いたいことは、L3が前にすべればそのすべった場所から出る神経根は椎間孔では損傷されないということ!これを認識していない整形外科医が少なくないと感じる。なぜなら、よく整形外科医が患者に「この椎体が前にすべっているので神経痛が出ています」とあり得ない話をしているのをしばしば耳にするからである。それは違う。すべっただけでは脊柱管は馬尾症候群を起こすほど狭窄しないし、その椎間孔から出るルートも損傷しない(この意味を知りたい者は「極度の腰部脊柱管狭窄があっても症状が軽度である症例」を参照のこと)。
神経痛(根性疼痛)が出現するのはむしろ後方すべりの場合である。上の図ではL4/5の椎間孔が極度に狭窄しているのがわかる。この椎間孔のわずかな隙間からL4の神経根が出ている。少しの動作でもL4の神経根が損傷を受けることが予想される。
  •  すべっているから神経痛→手術しなさい、は理屈に合わない。これが整形外科医に対する警鐘である。もっと研究しなければならない。

 今回の調査の趣旨

今回の調査はすべりが直接原因となる症状の研究ではない。すべりが、すべっている箇所以下の神経根に間接的にどういう影響を及ぼすか?についての考えるための調査である。
「すべりが原因で馬尾症候群を起こしているから尿意頻回は当たり前」と結論を出してはいけない。24例中7例は両側性ではなく片側性の症状である。これら全てを馬尾症候群といいたいのなら片側性の7例はつじつまが合わない(馬尾症候群は当然ながら両側性である)。そろそろ馬尾が圧迫されて症状が出るとする単一概念から抜け出してほしいと本気で思っている(全整形外科医に対して)。圧迫ではなく、摩擦や異常張力からの病態も考えなければならない。

新知見の導入

私は脊髄・脊椎不適合症候群の概念を研究していることはこれまで何度も述べている。馬尾が下方に引っ張られ、あるいわ狭窄部や椎間孔部での摩擦や器械的刺激で神経損傷が生じて多彩な神経症状(尿意頻回など)を示す病態である。
私は脊柱管狭窄が馬尾症状の直接原因ではなく、すべることで馬尾の走行距離が延びてしまい、その張力で神経根が炎症を起こすという新たな病態を推測している(神経線維は基本的に延びないので走行距離が延びると必ず緊張する)。そもそも馬尾症候群という病態自体が存在するかどうかも疑わしい。もし、そういう病態があったとしても、マレであり、一般外来でそうそうお目にかかれるものではないと思っている。特に今回の調査のようにある日の外来の抜き打ち調査で、尿意頻回を訴えている22例が馬尾症候群であるなどという話はあり得ない。特に13歳の男の子の腰椎で馬尾症候群が起こっているなどと考える方が常識外れている。
そういった常識的な考えの元で理論整然と考察すると「脊髄・脊椎不適合症候群」の存在を推測するのである。つまり馬尾の緊張と摩擦という新たな病態生理の思考回路を回すことである。

 MRIより、後方すべりでの馬尾走行異常を考える

前方、または後方すべり症で神経根がどのような走行異常を起こすのかについてここではMRIを用いて症例とは別に解説する。下の図は39歳男性の腰椎MRI矢状断である。 すべりと馬尾症 3枚の画像があるが、左図が正中矢状断、真ん中も左図と同じ画像、補助線と矢印を付け加えただけである。右図は一つ外側にシフトさせたもの。もう一つ外側にシフトさせた画像には椎間孔がうつっているが、今回は省略した。
  • 次の解説は図中の数字と対応している。
  1. 椎体の後縁に赤いラインをひくとアライメントの異常が明瞭になる。この患者の場合、L3、L4、L5と少しずつアライメントが悪くなり、L5では後方すべりが4㎜となっている。まあたいしたすべりではないが…
  2. 神経根(馬尾)の束はここで途切れている。これは正常ではない。このレベルではL5は外側に移行しているのでL5は映らない。S1はそろそろ外側に移行するので映らなくても不思議ではない。しかしS2からS5が映らないのはおかしい。これはS2からS5が正中で圧迫を受け、それを回避するように両サイドに若干シフトしたためである。ここで多少の走行異常が認められる。
  3. L4/5の正中にprotrusionタイプのヘルニアがある。この程度のヘルニアでは馬尾への強い圧迫とはならない。しかしながらL4が前方すべりを起こせばさらなる走行異常が起こることは予想される。
  4. S3とS4が映っている(黄色の線)。しかし、S2の高位でとぎれている。おそらくS3,4の神経線維に緊張があるために、最短距離を走行しようとS2のレベルから外側にシフトしていることが原因と考える。
  5. 黄色のラインがS1で緑のラインがS2である。この蛇行は明らかに走行異常である。これだけ蛇行しようと思えば走行距離が長くなり、神経根に張力がかかることもあろう。それよりなぜこれほど蛇行するのか?
  6. 6でヘルニアによる圧排があり、7で黄色靭帯による圧排があり、最後に8で後方すべりによる椎体からの圧排がある。

椎体がすべると神経根は蛇行しやすい。このことに異論を唱える者はないだろう。この蛇行が神経根にどういう影響を与えるかについてはまだまだ研究の余地がある。この走行異常を「どこも悪くない」とらえるか「異常に違いない」ととらえるか?は各自の医師の科学者としての良識に問われるのみである。医学書にはこうした蛇行と症状の関連を記したものはないからである。
 

 まとめ

今回の調査で以下のような興味深い結果を得た
  1. S1以下の症状を持つ患者たちには疼痛単独の症状を訴える者は一人もいなかった。24名全員が痛み以外の症状を合併していた。
  2. 痛みの性質にも共通点があり、ズキズキするようなColic Painは1名もおらず、全例がスピードの遅い緩い痛みであった(表には記載していない)。
  3. 尿意異常は全員が頻尿であり乏尿は一人も存在しなかった(「頻尿の原因が腰椎由来であることの実態調査」)を参。
  4. 尿意異常を訴えた者は22例であったが、その100%にすべりが存在していた。
  5. S1以下の神経根障害にL5すべりが95.7%合併していた。
  6. L5が後方すべり例:11名(47.8%)、前方すべり例:12名(52.2%)
  7. L5単独すべりの者の年齢を見ると圧倒的に若い! 平均年齢は44.7歳。その他の複数すべり患者の年齢平均は81.7歳。見事なまでの大差!

これらの結果の全てにつじつまの合う理論はすべり→馬尾の圧迫ではなく、すべり→馬尾走行異常→馬尾に緊張がかかる、そして機械的な摩擦刺激?→複雑な症状を呈する、と推測した。それにしてもすべり症があった全例で尿意頻回という症状があることは驚くべきことであった。しかも尿意異常は正しく聞き取り調査をすればS1以下の知覚異常(痛覚も含む)がある者のほとんど全員に認められる。この事実は整形外科学会だけでなく泌尿器科学会においても認識すべきであろう。ただし、今回はすべりがない者との対照比較ができていないだけに信頼性は若干低くなっている。  

腰椎すべり症と過活動性膀胱の関連調査」への5件のフィードバック

  1. 外出すると、排尿の回数が極端に多くなります。
    夜中は1回行くか、行かないかです。腰椎分離症で時々、左腰が痛く、歩行困難になることがありますが、2~3時間安静にしていいれば、普通に回復します。
    腰椎分離症との関係があるのでしょうか。また病院等をご紹介いただければ幸いです。

    • 立位で発症するタイプの頻尿は、立位でのみ神経が圧迫されるタイプですので、そうした物理的な原因を手術などで取り除かなければ治ることは難しいかもしれません。よってブロックは有効と思われますが、効果が出るまで根気が必要かもしれません。基本的に過活動性膀胱に対してブロックをしてくれる病院は存在しません。ですので、「腰が痛い」という理由をつけてペイン科に行き、仙骨硬膜外ブロックをしてもらうのがベストだと思います。

  2. 5年前に大学病院の検査でL5の5.4mmのすべり症と判定されました。
    強烈な腰痛と左足の上下肢の激痛と痺れで殆ど動けない状況。PCで自己診断、ボルタレン座薬と安静の2週間で、どうにか歩行できる状態に。その後自己流の運動療法で数ヵ月後には上下肢の若干のしびれと、ときたまの腰部の鈍痛を残してほぼ寛快状態で今日に至りました。ところが発症当初から徐々に頻尿現象が顕在化(夜間に最低2回)。種々の薬物では改善されませんでしたが、先生のこの報告書で漸く納得。神経ブロック両方しか手段は無いようですが・・・。なお、軽快した半年後から毎日一回1時間のステップ運動とストレッチ運動を継続。経過からみて運動は療法とも考えています。

    • お近くで硬膜外ブロックを行っていただくことができるのなら、ペインクリニックの医師に行ってもらってください。ただし、治り具合には個人差があり、ブロックが1日しか効かない人や、腰部の脊柱管が原因ではなく、頚胸部に原因があってブロックが全く無効な人も存在します。難治性の方が私の元に来院されることが多くなり、ブロックの治癒率は以前と比べると多少低下しています。治りにくい人もいるということです。しかし、それにしてもブロックを受けてみる価値はあると思います。

      仙骨硬膜外ブロックは医師が比較的たやすく行ってくれますが、腰部硬膜外ブロックは変形した脊椎であると針が入りにくく、不成功に終わることも多々あります。そういうことを予備知識としておもちいただいて、ブロックに臨むとよいと思います。

  3. 65歳男性です。3年前に腰椎すべり症と診断されるも処置されることなく試行錯誤を重ねて回復傾向にあるようです。今回の資料はとても参考になりました。ストレッチの内容や筋肉強化について工夫を重ねていこうと思います。

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