2017年治療成績
はじめに
病気を未然に防ぐことが予防医学です。各種検診の発達のおかげで病気を初期のうちに加療することが可能となりました。しかしながらいまだに予防医学が未開拓な分野があります。それは痛みとしびれと運動の分野です。おおよそ整形外科の分野の全てが予防医学の未開拓分野と言えます。
運動器分野の予防は高齢化社会にはもっとも必要な課題です。なぜならば高齢者が長く働くことができる状態にならなければ国の経済が破綻してしまうからです。痛くなってしびれて、動けなくなる前に予防医学で悪化させない状態を作り、一生動けるようにメンテナンスし続けることが理想です。しかし、現医学ではその理想にはほど遠いようです。私はこの現状を打開するために神経ブロックを用いた予防医学を提唱します。
予防医学には二つの概念
運動器や感覚器の異常は遺伝的な素因が高いものです。関節の変形は生まれ持った骨格形態が強く影響しますから、普通に暮らしていても変形が進む運命にある人、そしてどれほど激しい運動をしても高齢になっても全く変形しない人が存在します。よって生まれ持った骨格形態から将来の変形や不具合を予想するという予防医学が一つあります。現整形外科学ではこの分野が全く開拓されていません。よって、遺伝的素因と将来起こり得る骨格系の病気を予想して予防する医学研究を私は現在進行形で行っています。が、ここではそれについては触れず、もう一つの予防医学について述べます。もう一つは病初期に治療を開始し、その病気の進行を遅らせるまたは止めるという病初期の予防という概念があります。
病初期の診断学の不備
整形外科学では病気を診断するために様々な徒手テストが開発されています。が、ほとんどの徒手テストは病初期には陰性になるという特徴があります。病初期は痛みもしびれも「あまり強くない」状態ですので負荷をかけてもテストで陽性になりません。
画像診断や血液学的検査では、さらに病初期は所見なしとなるので整形外科領域の疾患は病初期の治療は事実上不可能です。
病気が完成してしまうと徒手テストでも画像診断でも陽性と出ますが、この時期に治療を開始しても遅いのです。骨格や関節に不可逆の変形が起こっているので既に予防医学ではなくなっているからです。
スポーツ選手も予防医学治療ができれば、選手生命もぐんと伸びますが、残念ながら現在のスポーツ整形外科は予防ができるレベルではありません。その理由は診断と治療のジレンマにあります。
診断と治療と予防のジレンマ
痛みなどの症状が出始めた時はどんな検査をしても陽性に出ませんので診断がつけられません。診断がつけられなければ、ブロック治療やステロイド注射などの積極的治療ができませんので病気の進行は止められません。結局診断ができるようになるまで数か月から数年かかり、その頃には病状が進行して保存的治療では不可逆に近い状態となります。よって整形外科では予防医学的診断は不可能です。予防医学では診断がつく前に積極的な治療に踏み切ることが重要ですが、診断がついていないのに積極的に治療が出来ないジレンマがあります。これを打開するためには完治診断が必要になります。
完治診断とは
症状を完治させることでその病気が何であったかを逆算して推測する診断学です。例えば手関節が痛いと訴えている患者を例に挙げます。
手関節が痛い原因として鑑別診断は、関節炎、腱鞘炎、神経根症、TFCCなどいろいろとあります。それに対する完治療法は関節内注射、腱鞘内注射、神経根ブロック、トリガーポイント注射などがあります。このうちどの注射をどこに行った時に完治するかを調べることで原因疾患を逆算します。
病初期は徒手テストでは診断がつかないことが多く、しかも二つの疾患が合併していると徒手テストはお手上げ状態となります。が、完治診断では完治させることができた治療の組み合わせで原因疾患が推測できるわけです。しかも予防医学となっています。
完治診断の弱点
完治診断ではブロック注射などの各種注射がノーミスであることが条件となります。医者が注射ミスをしているから効かなかったという結果では診断になりません。よって、完治診断をするためには、それを行う医師がこれまでに数多くのブロック注射を経験し、ほとんどノーミスで狙った箇所に適量の薬剤を注入できる技術を持っていることが絶対条件になります。
実際のところ、腱鞘内注射や手指の関節内注射などは、狙った箇所に薬剤を入れるのが非常に難しく、完治診断ができる医師はほとんどいないのが現状です。簡単そうに見える注射程難しいものです。
完治診断の無知
完治診断が可能であることを認識できている識者はほとんどいません。私はすでにあらゆるブロックを多数駆使して、完治に導き、その時の治療の組み合わせから原因疾患を割り出すということができるようになっています。しかし、これを基礎医学者に話すと、「痛みは末梢から脳までの間、どこをブロックしてもとれますよ。先生がハンサムなだけでも痛みは消えることもありますし、痛みを除去したことで原因を割り出すなんてことはできませんよ」と嘲笑されたのを覚えています。
臨床を知らない学者はこのような考えが正しいと信じているので、完治診断ができることを知りません。
確かに、痛みは末梢から脳までのどこ痛覚伝道系をブロックしても多少はとれます。しかし、原因箇所と異なるところをブロックしてもそれは一時的に痛覚信号が遮断されているだけで、原因箇所で炎症が治まっていないので、ブロックの薬効時間が過ぎればすぐに痛みが再発します。こうした当然の原理を知らない学識者が多いのかもしれません。
基礎医学者はブロックの真の意味を知らないようです。ブロックは痛覚を遮断するために行うのではなく、局所の血流を増加させて損傷部位の細胞のターンオーバーを促進させて、新しい細胞に置き換えて修復させることが目的です。よって原因箇所以外をブロックしても意味がありません。完治に導くには的確に原因箇所に治療をヒットさせなければなりません。しかし、そうしたことに無知なのは、その基礎医学者だけではなく、臨床医も完治診断を知らないように思えます。なぜなら、実際に完治させることのできる医師が少なく、完治診断を自分の経験として収得できないからです。
完治診断の例
48歳 男性 2か月前より右手の痺れをと痛みを訴える。他医で頸椎のMRIを撮影され、異常所見なしと言われている。Spurling test(±)、Phalen test(-)、Tinel sign(-)、頸椎単純XPでC5/6に骨棘あり。この所見からこの患者の病名を判断せよ。
このような症例は手の痺れと痛みを訴える患者の半数以上を占めるのが実際の臨床現場です。つまり、症状があっても現医学で診断をつけられない症例が半数以上というのが現実です。手の痺れと痛みを来す疾患は確率で言えばこの時点で1、頚椎症性神経根症、2、手根管症候群、3、末梢神経炎、の可能性が高いでしょう。しかしPhalen、Tinel、共に陰性であり、神経伝道速度を調べたところで恐らく有意な所見は得られないでしょう。
この時点で整形外科医には治療がお手上げとなります。診断名はついていない状態ですから、頸椎に物療を行い、Vit.B12やNSAIDを処方することぐらいしか治療方法がありません。しかしこれは治療ではありません。なぜなら、そういう治療は既にこの症例の患者は前医で受けていて、それで治っていないからです。
本症例の完治診断の実際
私は本症例ではXP所見とSpurling test(±)の所見からC6の神経根症を第1に疑いました。そこでC6に傍神経根ブロックを行いました。しかしその翌週、患者は「全く症状が改善しない」と申告。そこで今度はC6とC7に傍神経根ブロックを行いました。すると「少しは効いた気がする」というあいまいな返事でした。私は自分が行う傍神経根ブロックにミスがないことを認識していますので、「効いた気がする=効いていない=神経根症を否定」とこの時点で除外診断を下すのです。
これは完治診断の逆バージョンであり、治らないのであれば原因は他にありと考えます。そこで2、の手根管症候群を次に疑うのですが、Phalen、Tinel、共に陰性であり、徒手テストでは手根管症候群ではないという診断がついています。つまり徒手テストでは手根管症候群が除外されているわけですから、神経伝道速度を検査するわけにはいきません。さあどうしますか?
私は患者に事情を説明し、手根管内注射を受けてもらうことにしました。その結果、注射を行った瞬間から痺れと痛みは完全に消失しました。その次の週に話を伺うと痺れも痛みも3分の1以下に低下したとのこと。よって手根管症候群と断定し、今度はケナコルト入りの局所麻酔剤を手根管内に注射→完治へと導きました。こうして手根管症候群という確定診断に至りました。
完治診断の考察
画像診断、徒手テスト、神経伝道速度(実施していないが)などは、どれも初期の症状では偽陰性を示します。つまり現在の医学では確定診断が不可能です。しかしながらブロックを駆使し、完治させることで確定診断をつけることができ、予防医学を同時に進めることができます。基礎医学者が述べたように「どこにブロックしても痛みは消える」というようなお伽話はありません。臨床医学はそれほど甘いものではありません。原因箇所に治療がヒットして初めて完治へと導くことができます。
しかしながら、私のような完治診断は、普通の医師には実行不可能です。私は最初に傍神経根ブロックを行っていますが、診断がついていない段階で、リスクが高く侵襲性のある治療を「試しに行う」ことは無理です。2度目のブロックで患者は激怒するでしょう。では、私がなぜ試しに傍神経根ブロックを2度行えたのでしょう?その理由は私のブロック技術は安全性が高く、注射時の痛みがほとんどないからなのです。そしてもちろん、手根管内に行うブロックも安全性が高く、注射時の痛みがほとんどないから試しに行うことができるのです。
予防医学という初期症状の段階では侵襲性の高い治療は御法度です。よって私のような治療が可能なのは1安全かつ2痛くなくかつ3狙った箇所にブロックできるという3拍子が揃う必要があります。この3拍子を揃えられるように日頃から訓練をしていれば完治診断が可能になるのです。
完治が可能であることを誰も認識していない
予防医学は病状が初期の時点で完治に導き、症状が出ないようにすることが目的です。病状が酷くなる前にそれらを抑止できれば、健康な状態のまま継続して生きていけます。しかし、こうした予防医学を広めるには二つの大きな壁があります。その一つ。
- 患者は注射により完治することを知らないこと
- 症状を改善させると加齢変化が止まることを医師も患者も知らないこと
この二つを広めない限り予防医学は普及しません。しかし完治とは何か?の概念が個人個人で異なるので問題があります。完全に症状が出ないという状態は、生き物には存在しません。どんな超人でも強い外力をかければ必ず損傷します。組織が弱くなっても損傷します。治しても再発させます。再発したことを「完治していない」と受け取ることは正しくありません。治しても再発させたのは患者なのですから。この辺の問題は複雑なので、医学レベルで完治の概念を定義する必要があるでしょう。完治の定義を詳しく知りたい方は「日常損傷病学」をお読みください。私は便宜上(論文で治療成績をデータ化する上で)、「完治とは治療を行わなくても症状がほとんどない状態が4週間以上続く」としています。
さて、患者の多くは「注射は癖になる」という俗説を信じています。癖になる=症状の軽快と増悪を繰り返す、ことですから「注射で完治しない」ことを意味します。つまり世間の俗説では注射で完治しないという噂が広がっています。「注射で完治に導ける」ことを患者が知らないのなら罪はありませんが、実際は医師が知りません。
私はあらゆる関節に注射を行いますが、特に股関節、足関節、手関節、指関節などは驚くほど完治率が高く、一度の注射でも治ってしまう場合が少なくありません。よって注射が癖になるなどということはありません。
こうした「癖になる」俗説は、ほとんどの整形外科医がヒアルロン酸のみを用いた関節内注射をすることが原因の一つになっています。ヒアルロン酸は関節の修復にあまり寄与しません(「変形性膝関節症へのヒアルロン酸注射の効果調査」を参考ください)。よって完治に導くことができません→軽快と増悪を繰り返す→注射が癖になる、となります。
ただし完治に導くための注射方法は簡単ではありません。上記の症例でもわかるように、現医学で診断がつかないものを完治で診断に導くわけですから、あらゆる可能性を考える頭脳と、あらゆるブロックを打つことができる技術、そしてあらゆる面倒なことに首を突っ込む精神力が要求されます。完治に導くためには医学書の知識はほとんど無力です。可能性を試す精神力が必要で、技術力はその後からついてきます。
痛みを治せば加齢変形が止まる
症状を改善させると関節変形が止まることを知っている整形外科医はおそらく一人としていないでしょう。つまり、症状を軽快させると関節が加齢変化を起こしません。
人間のからだは高齢であっても新生児であっても、細胞自体は数か月以内の新しいもので構成されています。よって高齢化に伴う変形とは、組織内に処理できないゴミが蓄積されていくことを意味します。よってゴミをため込まなければ、組織は何歳になっても健全でいられます。
ゴミをためない方法は「痛みを来させない」または「痛みが来たらすぐに改善させる」ことです。この「ゴミをためない方法」は私が臨床医師を長年やってはじめて理解できたことであり、普通に医師をやっていたのでは気づくことはまずないでしょう。「痛みを来ないように治療していれば老化しない」と宣言しているようなものですから、一般的には受け入れがたい理論です。
しかしながら、私はこの「痛みを来ないように治療していれば老化しない(しにくい)」という理論を膝関節の治療で証明しました(「膝関節の消耗と経年変化を止める新治療法」を参)。おそらく世界初の理論であり臨床医はこのことをまだ誰も知らないでしょう。
すなわち、痛み症状を未然に防いでいけば関節変形や経年変化がほとんど起こらないという結論に達したわけです。これが現代社会に予防医学が必要な理由です。
おそらく痛みの期間と経年変化は相関関係があり、長期間痛みを辛抱しているとその間に経年変化が進行すると思われます。ならば痛みが初期のうちにできるだけすみやかに痛みを完治させる必要があります。
この際「痛み止め」は治療ではありません。痛みの原因場所を特定し、その場所の血行障害を改善させてはじめて治療になります。よって経口鎮痛薬は治療になるどころか、痛みをごまかすことで「痛み期間」を延ばすことになり、経年変化を促進させるでしょう。経年変化を予防するためには局所の血管を拡張させるために、表面麻酔剤の注射(ブロック)が必要です。
この概念を広めない限り、運動器領域の予防医学は前に進みません。スポーツ外傷も同様です。選手生命を長引かせたいのであれば、痛みが初期のうちにブロック治療が必須ということです。
しかし、これらがなかなか広まらない理由は、前にも述べたように、予防医学を行うためのブロック技術は、かなり訓練を積んでいなければ不可能であるところにあります。
治療なのか姑息療法なのかを見極める
治療と姑息療法の違いは、姑息療法はあくまで症状のみを減じさせ「自然治癒」を待つだけのこと。これに対して治療とは原因箇所に手を加えて「自然治癒力」を高めることです。傾向治療薬の多くは症状を減らしているだけであり、姑息療法です。これに対してブロックは原因箇所の血行を改善させるという明確な治療目的があります。予防医学を推進するためには「治療」ができなければなりません。
予防医学の限界
話が元に戻るのですが、病初期に「根本治療」を行うためには、原因箇所をつきとめなければなりません。しかし、病初期では原因箇所がわからないばかりか、どんな検査にもひっかかりません。よって原因がわからないのでブロックをするにもどこにブロックをしたらよいのかが不明なので、病初期に根本治療をすることは普通の医師には不可能なのです。これを可能にするのが完治診断です。
再度申し上げますが、完治診断技術を得るにはブロックを 安全に、痛くなく、ミスがない、という3拍子が揃わなければなりません。原因と思われる箇所にしらみつぶしにブロックができなければならないからです。予防医学を推進するということはそうした技術を持つ医師を育てることに等しいわけです。私にそれができるとは思えませんが、前に進む以外に道はないでしょう。