難治性疾患治療ガイドライン

2017年治療成績

はじめに

難治性とは・・・現医学であらゆる治療を行っても治りにくい疾患の総称であり、人類にはだかる最大の難治性疾患は老化です。よって、生まれてきた生き物は年齢と共に100%が難治性疾患を抱え、そこから逃れられた人は過去に一人もいません。そして、この事実は千年後も1万年後もおそらく変わることがありません。つまり、医学がどれほど発展しようとも、「治らない病気」はその時代時代に必ず存在し未来においても克服できないことがわかっています。

医学がどれほど発展してもその時代に治せないものが存在し、その疾患を治そうとすることは常に極めて厳しい挑戦となります。

すなわち、難治性疾患になってしまった患者とそれを治そうとする治療師は共に「前代未聞の道なき道」を歩むことになります。

「難治性疾患治療ガイドライン」とは、「道なき道を歩むための」ガイドラインですから、極めて矛盾したタイトルです。その矛盾を申し上げなければならない理由は、「道がないほど険しい道であること」、「前例がない」のを知らずに安易に考えている方が患者と治療師共に非常に多いからです。安易に考えている人が険しい道を歩いていけるはずもなく、治療師も患者もほとんどが治療半ばで脱落していきます。そうした悲惨を避けるためのガイドラインが必要です。

数週間かけて文章を作成したため、重複した内容が多く見られます。お許しください。


全ての代替医療が難治性疾患と対峙する

ちょっとした健康器具やサプリメントも含めて、全ての代替医療は必ず難治性疾患と対峙します。アンチエイジング関連の商品も全て「老化」という難治性疾患としっかり向き合っています。それこそ、商品開発をしている会社員も営業も難治性疾患と向き合っているわけで、それは「前代未聞の険しい道」を歩もうとしていることなのに、それに気づいていない人があまりにも多いことに驚かされてしまいます。


水素のあわ、グルコサミンから心霊療法まで・・・実は全ての利用者と治療従事者が「現代医学では治らない」とされている疾患に立ち向かっています。しかし、それらの使用者が「道のない険しい道」を歩んでいるという意識が全くなく、製造者も無責任に宣伝広告だけすれば売れる!という考え方でビジネスにはげんでいることは嘆かわしいことです。

そしてお金・暇・体力を浪費する者、そして副作用で生涯苦しむものなど被害者の山が世界中に築かれています。


被害者の山と、それを利用して大もうけした者の両者共に、難治性疾患を軽んじています。誇大広告や嘘は次第に暴露され、そして商品は売れなくなり、そしてまた新たな商品が開発され、爆発的にヒットし、そして効果があまりないことが知れ渡り、売れなくなり・・・を永遠に繰り返すのも人間社会の性とも呼べるでしょう。「懲りないやつら」です。


しかし、真に難治性の疾患を治療しようとするなら、患者も治療師も命がけで必死にならなければ難しいということを知っている人はいったいどれくらいいるのでしょうか? 難治性疾患治療は常に「未体験ゾーン」となるわけで、その予測がつかないリスクに命を張って挑戦しているのだという自覚が必要です。


難治性疾患の種類

難治といってもその程度には段階があります。一つの悪化点が連鎖して悪循環を起こし、重い症状を次々と作っていく連鎖型難治と、細胞が壊死などを起こし、機能が破壊されて再建が不可能となった破壊型難治があります。破壊型難治の最終形は死であり、神様でさえ死人を生き返らせることは不可能です。連鎖型の難治はどこかで連鎖を断ち切ることで治癒することが可能であり、ただし、その連鎖が複雑なために治すことが難しいだけのことです。


そして連鎖型と破壊型の混合したものがありますが、混合の場合は、連鎖を断ち切ることである一定の治療効果を得ることができますが、それ以上治療を続けても無効となります。破壊されたものは連鎖を断ち切っても改善に向かわないからです。


一般に、「奇蹟と呼ばれる治療」はほとんどが連鎖型の難治性疾患であり、破壊型ではありません。どこかの連鎖を断ち切れば改善しますが、その「どこか?」がどこにあるか?が不明であるため難治となります。

治療者も患者も「自分はどちらのタイプの難治性疾患を治そうとしているのか?」を見極めない限り、両者共に不幸な結果が待ち構えています。


破壊されている血管、破壊されている神経、破壊されているシステム(中枢感作)、破壊されている骨格、破壊されている遺伝子などを瞬時に治す技術はありません。

よって破壊型の難治性疾患をどうにかして治療するためには、細胞新生が起こるまで根気よく「細胞新生の環境を整え続ける治療」をしなければならず、しかも治療期間さえ不明で何年かかるかわかりませんので、患者も治療者も治療途中でギブアップすることになります。


難治性疾患には医学理論が通じない

現代医学で治らない疾患・症状はその医学理論にほぼ必ず誤りがあると推測します。その誤りは「理論を唱えた教授が死去するまで修正されない」「その教授の弟子の教授が主張を続けると次の世代も修正されない」という密かな政治があります。


政治による無理な医学理論は年々少しずつ修正はされるものの当分の間は「無理のある理論」で進みます。現時点で治せない病気(高血圧・うつ病・自律神経失調症など)は医学理論に誤りがあるはずですが、どこが誤りなのか?さえも現時点ではわかりません。


さて、医学の誤りでもっとも被害が多いのは精神科であると思います。それは精神疾患の原因を「心にある」とする考え方です。心というまだ解明されていないものに原因をこじつけることに私は極めて違和感を覚えますし、「あなたの精神がおかしいから不可思議な痛みが出るのだ」と言われて納得できない患者は世界中にごまんといると思われます。


なぜ精神医学が患者を完治させることができない医学に成り下がっているのか?を考えたとき、それは「現代精神医学理論に大きな誤りがあるため」というところに行き着いてしまいます。


精神医学を例にあげましたが、「医学理論が間違っている(未熟である)おかげで治せない疾患」は日常には無数に存在します。そして、現代医学理論に疑問を感じた治療師だけが、その理論に反抗して独自の治療を研究・創造し、密かに治療を成功させます。


本態性、原発性、特発性、突発性と名の付く病名は現医学で「原因不明」とされているものの名称であり、あらゆる病名の前にこのワードがつきます。もっとも多いのは本態性高血圧です。しかしその真実は「原因不明」ではなく「医学理論自体が誤り」であると思われます。その証拠に、代替医療者がこれらの原因不明、治療法なしの病気をことごとく治してしまえるからです。ただし、治してもその論文や証拠は無視されます。


私も同様に、「原因不明」の疾患を治すことを専門としている医師ですが、独自の理論に沿って治療すれば治っていきます。ですから、現代医学理論の方が誤りであることを実証しているわけですが、そうした論文は社会秩序を乱すため、無視されるのが通例です。


もっとも被害の多い医学の誤りは精神科疾患であるといいましたが、最も人口の多い誤りは本態性高血圧です。

たとえば私は、上頚神経節ブロックを用いて、比較的若い年代の本態性高血圧を完治させています。私独自の理論では、自律神経失調症による高血圧が多いと思われます。


また、突発性難聴も上頚神経節ブロックで次々と改善させていますので、それらは突発性(原因不明)ではなく、内耳神経の血流障害性難聴であると確信しています。

と・・・、これらはほんの一部ですが、現代医学理論が誤っている(未熟である)と思われる例です。つまり、難治性疾患の多くは「医学理論が間違っている(未熟である)ために難治性になっている」疾患が少なくないということを認識しておかなければなりません。


よって、難治性の疾患を治すためには「現代医学理論を超えた型破りな発想」が必要となります。しかし、万人が絶対的に信頼している西洋医学理論にケチをつけるにはかなり勇気が必要です。


型破りな発想のお値段

以前のブログで述べましたが、医学部の教授でさえ、たまに「型破りな発想」をする先生がおられます。というより、既成概念を超えた型破りな発想は、日本では教授にしか許されていません。日本では教授になったら「型破りな発想をしてもよい」とする慣習があり、教授はその型破りな発想を「リスクも判明していないうちに治療してもある程度許される」ことになっています。このおかげで医療が進歩します。


ところが、私も含め代替医療者は「現代医学理論を打ち破る型破りな発想」を患者に行って後遺症を作ってしまったら自分の人生が台無しです。よって、新たな治療を試す場合は、患者と極めて密な信頼関係を作り、無料奉仕を行い、まずは自分や身内にためし、注意深く少しずつ新来関係のある患者に試していき、データをとって技術を改良して行き、それによって起こる合併症を熱心に研究し、合併症を起こさずに何千人と試すことで安全確実にしていくという途方もない長く険しい道程を経由しなければなりません。そのため安定確実な治療成績が出せるようになるまでに、金銭的に数千万円に値する労力がかかります。


それは現医学部の教授たちの顔に泥を塗る新技術ですから、万一事故でも起こせば、二度と社会に出られないほどに叩きのめされることになります。このように難治性疾患に対する新治療開発には精神的にも金銭的にも大きなコストがかかります。コストをかけない、研究もしない、大胆さだけがとりえという治療師もいますが、そういう方は被害者を出してしまい長続きしません。


難治性疾患の治療技術は、実際大変高価な技術です。例えば「たかがちょっと治療しただけでどうして数万円もかかるの?」と思うかもしれませんが、難治疾患の治療で1回数万円なら、それは極めて安い値段であるという意識を持たなければなりません。治すことは普通ではなく特別です。しかも、難治性の患者は特異体質を持っていることが多く、リスクが一般人の何百倍も高くなります。それを一般の方と同じ値段で治療することは不可能です。私は「同じ値段」で治療していますが、それは「本当は請求金額の10倍はコストがかかっているところを9割引して提供している」のと同じ意味になります。


難治性疾患治療にお金がたくさんかかることは当たり前ですが、その意識を患者側が持っていないことに危うさを感じます。「保険治療に毛が生えた程度の治療」としか考えず、美容室に髪を切りに行くくらいに安易に足を運ぶからです。治療にかかる代金を軽んじておられる方は、治療にも甘い精神で挑む傾向があり結果的に治せません。難治性疾患治療は決して安易ではありません。


難治性疾患の治療は国が「治せない」と認めている疾患であり、それを治すことは治療師の義務ではなく挑戦であるということ。挑戦とはある意味くじ引きに等しく、治らなかったからといって抗議する筋合いのものではありません。

よって、お金がない方は難治性疾患の治療にそもそも挑戦してはいけません。挑戦すれば周囲の者に大きな迷惑をかけてしまいます。


難治性疾患の治療を受ける患者側に、「治療には大金と大きな労力がかかる」という意識がないとトラブルになります。治療費が高いのは当たり前であり、安い値段で難治性疾患を治療しようと考えていると治療師にも家族にも社会にもあきれられることになります。「難治」の意味を軽く考えてはいけません。


なぜ治らないのかを考える

難治の病気になった人は「なぜそうなったか?」を考えない人がほとんどです。その真実を追求すると、遺伝子に原因があることを認めざるを得なくなります。例えば、私の診療所には症候性ALS(筋委縮性側索硬化症様の症状があるが確定診断がつかない患者)が多く来院しますが、その患者たちは脊椎が曲がっている、捻れているというほぼ共通した特徴があります。そのために脊髄が下方にひっぱられやすいという物理的な弱点があり、この弱点が難治性の症状を発生させていると私は考えています。


難治性疾患になる方は、そのほとんどが事故で起こるわけではなく、日常生活をしているうちに突如起こります。この事実はもともと親から受け継いだ肉体が、現代人の日常生活に適合しにくいことを意味します。


「日常生活で起きる」症状は「些細なことで起きる」「一触即発」であることを意味し、当然ながら治療中に発症することが十分に考えられます。それほどデリケートな肉体であるという意味です。この事実を治療師側から見ると「極めてリスクだらけの肉体」となり、医師が手を出したくない患者であることが理解できると思います。


そういう患者を専門にデリケートな治療しかしないのであれば問題は生じません。しかし、頸部硬膜外ブロックなどのリスクの高い治療をするとなると、その治療費はいったいいくらに設定するべきか? 考えてみてください。


医師の誰もがやりたくない、大金を積まれてもやりたくない、リスクだらけの患者に危険な治療を行うのです。おそらく、正規の料金の10倍を積んでも、医師は治療してくれません。それほど難治性疾患の治療には大金がかかっているということを認識しなければなりません。


難治性疾患はデリケートな肉体を両親から受け継いだ場合に起こると考えていいでしょう。まず、「自分に原因がある」ことを認めない限り、難治性の地獄から這い上がれません。


薬剤の使用がさらなる難治性を作る

難治性疾患の多くは、その原因が「現医学では手の届かないところ」に存在します。それは脳幹や大脳です。脳幹は人間の生命維持に関わる司令塔であり、内臓の動きから血流調整、血圧調整、五感の全て、睡眠のリズム、免疫力などを感情の動きと連動させて自動調整しているところです。


人間を含め、全ての陸棲せきつい動物は前屈すると脳幹が引っ張られるという構造的弱点を持ちます。もしも脊椎構造に遺伝的な異常があると「常に脳幹が引っ張られ続ける」ために脳幹の慢性的な血流不足が発生します。特に自律神経核の血流低下が起こると、神経細胞は「緊急事態」の警報を鳴らすために交感神経を興奮させ、人間を不眠にさせ、強い不安感が起こりやすいように自ら変性するでしょう。


この世で「難治性の難病奇病」と言われる症状のほとんどに「脳幹の血流不足」が関わっていると私は推測しています。その理由は、脳幹の血流量を上げる治療(上頚神経節ブロック)を行うと、多くの難病奇病が改善することを毎日経験しているからです。


人々は脳幹の血流不足で起こっている神経過敏による不安感をとりのぞくために安易に抗不安薬を服用しますが、それが取り返しのつかない悲劇を生むことがまれではなくしばしばあります。


先日、私への投稿でベンゾジアゼピン(デパス)の常用量離脱作用で、筋肉減少と頭鳴で苦しんでおられた方が立ち上げた人生の変転・下山日記 http://blog.goo.ne.jp/lifeischangeable

を読んでみてくださいとあったので斜め読みさせていただきました。


脊椎に遺伝的な不適合要素がある場合、普通の生活しかしていないのに脳幹の慢性的な血流不足を招きます。症状はたいてい共通しており、夜眠れない、朝起きられない、不安感が強い、イライラしておとなしくしていられない、血圧や脈が上がりやすいなどです。


それらを薬(精神薬の全てが原因になりえます)にたよって症状を抑えて(体の悲鳴を無視して)社会生活を送ると、脳幹のニューロンは「薬剤耐性がつくように」変性します。わかりやすく言うと、抗不安薬を飲み続けていると、脳が異常興奮しやすいようにニューロンが変性するということです。


上記の下山日記の筆者は「薬が原因かもしれない」と思い、断薬を決意しますが、今度は「断薬による禁断症状」が起こります。長年の使用が原因で脳が激しい興奮状態になり、ニューロンの酸素消費量を激増させます。もともと患者の脳幹は慢性の血流不足に陥っています。つまりデリケートな肉体です。そこに酸素消費量増加が加わると、ニューロンは極度の酸素不足に陥り壊死が始まります。酸素の少ない密閉した箱の中で暴れまわるようなものです。すぐに窒息して死に至ります。


脳幹や大脳のニューロンが壊死すると多発性硬化症やALS、脊髄性筋萎縮症、パーキンソン病などと同じような症状が現れます。しかし医者を受診しても「異常なし」と言われ精神異常者扱いされて放置されます。


ブログの筆者は「デパスの禁断症状でALS(ニューロン変性)が発症した」と考え、医師を恨み、国を恨み、西洋医学そのものを恨み、その恨み節を書き続けていましたが、これが不幸なパターンです。


本人は薬のせいでニューロンが破壊されたと妄想します。確かにデパスはニューロンの変性を招きますが、壊死の直接的な原因は慢性的な脳幹の血流不足であり、血流不足の原因は遺伝子、つまり本人にあります。この不幸な出来事の根本原因は「自分の遺伝子の不適合さを認識していなかった」にもかかわらず、薬でごまかして普通の人と同じ生活を送っていたことにあります。


難治性疾患を治療する際に、服薬している薬剤は極めて大きなリスクとなります。経口薬を止めさせてもリスク、続けさせてもリスクです。治療師と患者の間に不信感や逆恨みを作るのも薬剤が原因となることがしばしばあります。


もしも、この患者を救えるとすれば、それは脳幹の血流量を増やしてあげることです。しかし、血流量を増やすことでさらなる脳の興奮が起こったら、この患者はその症状に耐えて治療を続けてくれるでしょうか?


難治性疾患の患者の多くが精神科薬漬けにされていますので治療を行う前に薬剤使用の歴史をしっかり訊いておかなければなりません。基本的に薬漬けになっている難治性疾患者は極めて救いがたいです。そのことを治療師は最低限知っておかなければなりません。


日本の難治性疾患治療費は非常識に安い

難治性の患者たちは西洋医学で治らない、そして自分の体がリスクだらけのために、日常茶飯事に治療後に合併症を起こし、それを自分のせいではなく医師のせいだと妄想を膨らませます。よって彼らは極めて医師不信に陥っています。


彼らは難治性疾患を治療しようとする治療師に対してもその不信感をぶつけ、「どんなリスクがあるのか?」「治療期間はどのくらいか?」「実際あなたは私を治せるのか?」「リスクを起こさない自信はあるのか?」「お金はいくらかかるのか?」などの質問攻撃をしてきます。


これがどれほど失礼か?を知りたければ、同じ言葉を大学病院の教授に浴びせてみればわかります。おそらく出入り禁止にされます。

あなたが大学病院で教授に「お金がいくらかかるのか?」と質問することがなぜ失礼に当たるのかを知らない患者は不幸です。その理由は治療費が諸外国と比較して日本は「あり得ないくらいに安いから」です。大学の教授も、新米医者も、治療費は同じです。ですから大学の教授は「その技量と比較すると極めて安い治療費」で患者を治療しているに等しいわけで、その教授に「お金がいくらかかるか?」を質問することは極めて失礼にあたります。教授に診てもらっていて、かつ安い治療費であり、その恩恵を得ているということを認識できていない身のほど知らずだと思われるでしょう。


同様に日本の代替医療師たちも「難治性疾患を治す」という特殊な技術を持っているにもかかわらず、請求する金額は「てもみん」のマッサージに毛が生えたくらいの治療費しか請求しません。アメリカでは有名な治療師は1回100万円を請求することもあり、それに比べると日本の有名な治療師の請求額は非常識なくらいに安いといえます。

難治性疾患の患者は「みのほど知らず」ではいけません。自分が難治性で治療に手間隙がかかることを自覚しなければなりません。


治療の予定はつかないのが難治性の宿命

難治性疾患の患者は医療不信に陥っており、それを自分のせいであるということを気づかずに不満を抱えています。よってその難治性疾患を治そうとする治療師に対しても不信感をぶつけ、治療計画をききたがります。


しかし、難治性疾患は、その患者の遺伝子的な特殊性のために難治になっていますから、前例どおりにならないことがほとんどとなります。当然ながら治療計画が立てられません。というよりも、治療計画が存在するのなら、それは西洋医学の医師に任せても治ります。治療の反応を見ながら手を換え、品を換え、頻度を換え、期間を換えるからこそ難治性疾患に対応できるわけです。つまり、難治性疾患の治療に計画を立ててはいけないのです。計画を立てれば、計画通りに行かない時点で治療が終わります。


それは治療師が治療を終わりにするのではなく、「計画通りに行かないのは治療師の技量不足である」と患者が勝手に決めつけ、患者自らが勝手に治療を中止します。つまり、治療計画を立ててほしいと要求する患者は「治療が成功する確率が低い」のです。


難治性疾患の治療には前例がありません。100人の患者がいれば100通りの異なる治療をしなければ難治性疾患は治りません。だから計画を立てるとほとんどが終了へと収束します。私は常に難治性の患者を前に「やって見なければわかりません」というのですが、この言葉に身をゆだねて私に全てを任せる器量のない患者は治療を拒否するようにしています。


難治性疾患治療に道はない、あなたの後に道ができる

普通の医者が治せない疾患・症状は「難治」です。難治の疾患には治療予定というものが存在しません。いつ、何を、どうするのか?は毎回、患者と治療師が決めていきます。その理由は個人個人で大きく異なる治療リスクがあり、可能な限りそのリスクを回避しつつも、効果が最大になるように莫大な治療労力をかけ、常にありとあらゆる方法を試していかなければならないからです。使う薬の量も回数も患者毎に異なります。それらを決める要素は治療効果です。前回の治療の結果を受けて次の治療内容を決めていきます。この柔軟性こそが難治を治すことができる唯一の方法です。


時代が進めば、難治であった疾患も治せるようになります。しかし、時代が何万年と進もうとも、その時代に治せない疾患が必ず存在し、そういう疾患を治すためには、柔軟に治療方針を変えながら試すということを繰り返さなければなりません。だから、どこまで行っても難治性疾患の治療には道がなく、あなたを治療してはじめて1本の道ができるのみです。


その1本の道は他の似たような症状の患者に通用するかと言えば通用しません。その理由は単一の原因でその症状が出ているわけではないからです。


治りにくい理由の一つは、原因が幾重にも重なっているからでありそのバリエーションの通りは無数にあり、一人の患者を治療して、無数のバリエーションのうちのたった一つが判明するのみです。似たような症状があったとしても全く同じ症状はありません。


なぜ普通の医者が治せないのか?を考えれば、原因が重なり、無数のバリエーションがあるからだということが理解できると思います。


難治性疾患治療には莫大な根気が必要

難治性疾患が治りにくい理由の一つに壊死があります。前述した破壊型難治です。破壊されて壊死している場合、新たに細胞が新生する以外に治る道はありませんが(移植を除く)、そもそも細胞が壊死する=栄養動脈などの破損、が存在し、そこは細胞が新生できる環境ではありません。細胞が新生する環境を作るには24時間よい環境状態にし、その状態を長期間継続しなければなりません。つまり、破壊型難治を治すには環境を整えるという治療法しか存在しません(移植をするにしても環境が整わない限り移植した組織も壊死します)。


しかし、そのような治療には莫大な手間隙がかかり、生活指導も徹底しなければならず、さらに「治る保証がない」ので、あくまで「先の見えないトンネルを延々と突き進む」治療となるわけです。


この環境を整える治療に見切り発車することは患者・治療師共に大変な勇気がいります。治る保証がない場所を突き進むので、症状が改善しなかった場合に「かかったコストが莫大であればあるほど患者に恨まれてしまう」「長期間、この患者を優遇しなければならないために採算が合わない」「患者を励ますのも自分を励ますのもたいへん」だからです。


破壊された細胞を再生させる治療の代表は脳梗塞後遺症でしょう。脳梗塞後遺症ではほとんどの患者が例外なく、医師が推測した最悪な状況よりも5年後にはずっと改善しています。言語能力、歩行能力などがほぼ必ず医師の予想を上回るものです。医師は脳細胞が再生されるとは考えていないからです。しかし脳には神経芽細胞が存在し、再生する可能性があることが数年前に示唆されています。


自然回復でさえ、医師の予想を上回るわけですから、積極的に根気よく治療を行えば、自然回復よりもさらに改善する確率が高くなるでしょう。


しかし、そこには「治る保証」がないだけに治療を継続するには勇気と根気が必要です。しかしながら、現在の保険制度は「治る保証がある」治療だけが適用とされるので、このような「治る保証のない治療」は病院やクリニックではできない現状があります。


例えば改善するために結果的に数百回の治療を必要とした患者がいたとします。この患者は何の保証もないのに根気強く数百回の治療を続けたわけで、自分の判断を信じ、医師についていくことを決めた勇気があります。医師は治る保証もないが「患者が熱心であるから最後までつきあう」と決めたからこそ数百回の治療につきあいました。ここには医師と患者に大きな絆が存在します。


絆を築くためには医師と患者の両者共に強い魂を持っていなければなりません。どちらか片方にだけに存在するものであれば、完走することはできません。破壊型の難治疾患の治療には医師と患者の絆が不可欠です。つまり、性格上、社会成熟度上、治療をしてよい患者としてはいけない患者に別れるということを意味します。絆を結べないと思った患者には「治療を拒否」しなければなりません。保険診療ではないのですから。


難治の理由をつきとめる

なぜ難治なのか?には様々な理由があります。理由を知れば治せるものと治せないものがあることがわかります。そして治せるとしても、治療師だけの力では無理で、患者の献身的かつ積極的な協力が必要であることもわかります。


  1. 患者が繰り返し自ら損傷させる(スポーツ・仕事・環境などが原因)
  2. 先天的に問題がある(骨格・アレルギー体質など)
  3. 変性・壊死・欠損・梗塞・悪性腫瘍・加齢など不可逆的なダメージ
  4. 多くの疾患が重なる
  5. 中枢感作による神経伝達システムの異常
  6. ノーマンズランド(治療の手が届かない、脳・延髄・免疫)
  7. 治療が的外れ(医学理論の過ち)
  8. 体内に入れたものによる症状

難治の患者の場合、上記の理由が一つではなく何重にもなっていると考えなければなりません。これは前述の連鎖型と破壊型の病態分類とは異なり、難治の原因を追究したものです。そして、一人の患者がこれら全ての原因を背負っていることが稀ではありません。


1~5は患者側に原因があり、6~8は医師(治療師)側に原因があります。6~8はすぐに理解できますが、1~5を理解することは、千年後も1万年後の未来も「極めて困難」です。難治になる理由はほぼ必ず患者の遺伝子にその原因が存在しています。今まで何ともなかった肉体が、急に難治性の疾病に侵され始めたとしても、その原因は先天的なものと関連があります。例えば脊椎の長さが正常な人より数%長いというだけで、脊椎の変形・椎間板ヘルニア・側彎などが起こりやすく、成長痛が発症しやすい、ちょっとしたむち打ちが重症化しやすい、自律神経失調症や難聴になりやすいなどの現症が起こりやすくなります。


5の中枢感作は医師も代替医療師も認識できないほどに複雑ですので後で別途解説します。

難治であるには必ず理由が多重に存在することを患者も治療師も認識しなければ互いに不幸になります。そして、治療には答えもガイドラインもなく、ただただ患者と治療師に互いの熱意が必要になります。


中枢感作(薬剤耐性)が難治性疾患を難解にさせる

「中枢感作とは?」の定義は世界的に誤解されていますが、私の定義としては「神経のシナプス(またはニューロン)に通常とは異なる神経伝達回路が出来あがっている状態」とします。


中枢感作の症状の代表はアロディニア(異痛症)と呼ばれるもので、触られた感覚が痛みに変換されて「痛みとして」脳に伝わるものです。このようなアロディニアはめったに経験しないことですのでだれもが「私には中枢感作は関係ない」と思うでしょう。しかし中枢感作はシナプスに作用する薬を常用している方なら誰もが経験しています。(下痢止めのための抗コリン薬など、意図せずシナプスに効いてしまう薬を飲んでいる場合もあります)。


例えば、睡眠薬を毎日のんでいると睡眠薬の効きが悪くなります。これは人が睡眠薬に対抗するためにシナプスでのGABAの受容体(抑制系の受容体)を減らす方向に変化を起こすためです。このためシナプスからGABAが分泌されても「それが作用しにくくなるシステム」が出来あがります。一般的にはこれを薬剤耐性といいますが、実はこれがまさに中枢感作です。


GABAは不安を抑制するために重要なホルモンですが、それが効かなくなるシステムができあがってしまうと、睡眠薬を中断した際に、「脳が激しい興奮状態」となり、「耐え難い不安」に襲われることになります。これがいわゆる禁断症状です(前述しました)。


同様に、リリカやトラムセットなど、シナプスに作用する鎮痛薬は、常用すると「痛みや不安を抑えるホルモンが効かなくなる」という中枢感作を起こします。よってこれらの薬剤には禁断症状が現れます。シナプスに結果的に「痛みを抑制するホルモンが効き難くなる」というシステムが構築されてしまいます。「システム」=「中枢感作」です。


薬剤を常用すると中枢感作が起こることを現医学で理解している医師はほとんどおらず、それを強く主張し続けている医師の発言も「表には出ない」世界情勢があります。


この中枢感作は難治性疾患の治療を妨げるものとして圧倒的なパワーがあります。なぜなら、肉体を正常化させる治療(血行をよくするなど)を行うと中枢感作で新たに作られた悪循環システムがきちんと作動し始め、「ほぼ必ず症状が悪化」するからです。つまり、「薬剤で抑えていた症状の全て倍返しされる」という現症が必ず起こります。しかも最悪なことに、治療が正しいものであればあるほど症状倍化が正しく発症すると予想されます。


よって中枢感作があると、「治療をするほどに症状が悪化」という矛盾を起こし、患者は当然のごとく治療師を逆恨みします。

このように中枢感作の存在は治療を妨害する最大の壁となりたちはだかります。このことを治療する側もされる側も知りようがありません。現医学の枠外だからです。実際に難治性疾患を専門に治療している者にしか知りようがありません。難治性疾患には治療法がありませんので、難治性疾患を治療する者も原則として存在しません。だから中枢感作によって症状が悪化する現象も、誰にも知られることがありません。なぜならば、まず、その難治性疾患に「治療が効果あり」とならなければ「悪化現症」も起こらないからです。「難治性なのに治療効果を出せる者」が希少であるがゆえに、この現象を知る者もわずかです。


中枢感作は下痢止めの抗コリン薬でも起こり得ますし、降圧薬でも起こり得えると思われます。睡眠薬やリリカ、トラムセットだけの話ではありません。


私の症例研究から得た情報では、薬剤による中枢感作システムが正常化するためには最低でも数か月、長い場合は半年を要すると思われます。本気で難治性疾患を治すにはこの長い月日を「禁断症状と闘わなければならない」わけであり、その期間は症状が倍化することになります。患者だけでなく治療師にさえ、症状倍化と闘い続けることは不可能に近いと思われます。


このように中枢感作による難治が重なっている患者の場合、治療自体が地獄となるため治療が極めて困難です。中枢感作による難治をどう治療するか?は今後の課題ですが、禁断症状をブロックで抑えながらの治療しかないように思えます。なぜなら、ブロックが唯一「ほとんど耐性を作らない薬剤」だからです。ただし、禁断症状を抑えるには多数回ブロックをきわどい分量で行い続けなければなりません。そのリスク回避に必要な精神力は莫大ですのでそれを行う医師がいません(私でさえできないかもしれないと思う程です)。この治療を行うための技術力と精神力を金銭に換算すれば半年で数千万円クラスであると思います(おおげさではありません。技術力の極めて高い医師は1日に100万円くらいは稼げますので、たかが数十日分のお値段です)。つまり、「中枢感作の治療は大金がかかる」と言えます。このことを認識していない患者が治療師に「恩を仇で返す」ことになります。


難治性疾患の治療に挑むのであれば、必ず中枢感作の存在を覚えておいてください。また、中枢感作に特異体質など遺伝的なものが加われば、さらに複雑な病態になることはいうまでもありません。


難治性疾患患者の肉体はリスクの宝庫

難治性疾患患者の場合、特異体質と特異システム、恒常性の低下の3つのリスクが治療の壁として巨大に存在します。特異体質=特異免疫システム のことです。金属・ポリエチレン・防腐剤などに免疫が過敏に反応してしまう体質のことで、例えば鍼の金属部に反応、薬剤の容器のポリエチレンに反応、薬剤中のわずかな防腐剤に反応するなどにより予期せぬ炎症を引き起こしてしまうパターンです。


一般には予期することが不可能で、治療師のほとんどが意識していません。意識していないだけに原因を特定することが不可能で、治療を続けているうちは悪化を止めることが出来ず患者を不幸のどん底に落としていきます。


これに対処する唯一の方法は「特異体質の患者には治療しない」ことです。難治性疾患の患者の場合、免疫系の特異体質を持っている確率は一般人の何千倍も高いと考えるべきで、リスクの宝庫です。


もう一度言いますが、「特異体質の患者には治療しない」ことが最善であり、これが難治性疾患の患者を治療することの最大の壁になっています。スティーブン・ジョンソン症候群がさの代表ですが、ちょっとしたスティーブン・ジョンソン症候群もどきの患者は少なくないと認識しておくべきです。


特異体質の患者を治療する際には、治療師も患者も、このことは最初に認識しておかなければならないことです。そして特異体質の患者を治療するには、外界から体内に入れる物質のあらゆるものに警戒しなければなりません。


ただし、薬剤の禁断症状によるリバウンド(症状の悪化)と、この特異体質による症状の悪化を区別する方法はありません。唯一異なる点は前者では治療を継続することが望ましく、後者では治療を中断することが望ましいことです。ほとんどの患者は症状が悪化した際には「治療を中断する」はずです。ですから、リバウンドで起こる悪化、特異体質で起こる悪化のどちらが起こっても結局は治療を中断することになります。


この当然な原理により、薬剤の禁断症状を持つ患者を治療することは不可能となります。よって、治療後にリバウンドが起こる患者を真に救済するためには、「神がかったレベルの治療師の勘」が必要であり、さらに、治療師と患者が強い信頼関係が結ばれている必要があり(教祖と信者の信頼関係)、事実上それは不可能ですので結局治療は中止となります。これがまさに難治性疾患治療の限界です。限界を知らなければ治療師も患者も不幸です。


特異システムとは前にも述べた中枢感作システムのことです。神経のシナプスに作用する薬剤を慢性的に使用していると、シナプスではその薬剤に耐性変化が起こります。変化=システムが変わる、ことを意味し、一般の人に使用すれば改善する治療で、症状が悪化するということが起こります。薬剤により起こる中枢感作だけではなく、シナプスへの慢性の血行不良でもシナプスの変性(変化)が起こります。どちらにしても中枢感作は難治性疾患の主原因であり治療の大きな壁です。


まずは中枢感作=特異システム、を改修しなければどんな治療も裏目に出やすいでしょう。中枢感作は治療リスクそのものです。


恒常性の低下=自律神経失調 です。自律神経は体温が下がればそれを上げ、血圧が下がればそれを上げ、ご飯を食べれば腸を動かし内分泌を促し、睡眠のリズムで休息をとらせ・・・と、外界の刺激から身を守るために「意識とは無関係に勝手に動く」システムです。この自律神経が壊れている場合、血圧が下がっても上がらない、ご飯を食べても腸が動かない、睡眠が出来ない、など様々な悪しき症状が出現し、最後には血流調整能が壊れて重要臓器に血液が流れなくなり組織の壊死を招きます。実際に、異型狭心症や古典的片頭痛などは血流調整能の不調で起こります。


外界からの刺激に過剰反応してしまうのは自律能が低下しているせいです。よって治療という外界の刺激にも過剰反応し「治療による悪化」が起こりやすくなります。


難治性疾患患者の多くが自律能低下を起こしており、その患者に治療を施すことは極めて危険な行為です。治療が火に油を注ぐことになりやすいと言えます。自律能低下の患者を扱うには一般の患者の何十倍もの神経を使わなければなりません。よって治療師は疲弊し、長くその職務に就いていることが難しいでしょう。患者にはそうした治療師をいたわり、ねぎらう必要がありますが、そうした患者は皆無に等しく、これがお互いを不幸にしています。


このように、難治性疾患はリスクの山です。よって頭がいかれている治療師しか、難治性疾患の治療に足を踏み入れません。頭がいかれた治療師がこの世に何人くらいいるでしょうか? それを考えれば難治治療の治療師がどれほど希少価値かということがわかるはずです。その価値をわからない患者が多すぎるため治療師は結局生き残れません。希少価値の治療師を殺していくのも、「価値のわからない患者たち」なのです。何度も言います「難治性疾患治療では治療師も患者も不幸になります」と。


話しは変わりますが、普通の保険医にとって難治性の患者は経営を悪化させる存在ですので積極的な治療を避けなければなりません。それをサポートするのがリリカやトラムセットなどの「究極の痛み止め」です。これらの薬剤がどれほど保険医たちの役に立っているかを想像したことがあるでしょうか? 患者に薬害があるとうすうす気づいていても、これらの薬剤を処方する理由は、難治性の患者につきまとわれたくないからです。それほど難治性の患者は保険医たちにとって実害をこうむらせる存在になっています。そのことを自覚していない患者は不幸です。なぜリリカやトラムセットを処方されているのか? それは日本の医療費が難治性疾患に対応できないほど安いからです。逆に言うと、難治性の患者は治療に大金がかかるというのが真実なのです。国としては、そのお金を税金でまかないたくないわけで、全て自費でやっていただきたいはずです。


また、患者のリスクが高いことを知らずに安易に治療を開始する治療師は何度でもトラブルに巻き込まれます。患者のリスクを察知できない治療師は、基本的に「難治性疾患を治すセンスがない」と言えますので、普通と違う症状を持つ患者には手をださないことを強くお勧めします。


基本的に高齢者は難治+リスクの宝庫です。よって高齢者の治療を行う場合は、全く割に合わない奉仕活動になること、リスクの責任を取らなければならない可能性があることを念頭に置き、安易に「お金儲け」として高齢患者を呼び込まないことを強く勧めます。


難治性疾患治療はジョーカーです。誰もが避けるものです。その世界に足を踏み入れている治療師には偉大な敬意を払いなさい! 敬意がない難治性患者の治療はどうせ成功しません。したがって「敬意を払いなさい」ではなく、敬意がなければ治療は成り立たないというのが真実です。


治療方針が間逆

難治性疾患治療は「毎回が発明」となります。前例も医学理論も届かないところにあるからこそ難治なのですから、これは当たり前のことです。しかし、医学は「発明で治療をしてはいけない学問」です。極めて保守的です。保守の原則は95%または99%の患者が治る治療法の集大成が医学の基礎となっているからです。つまり統計学に基づくのが現西洋医学であり、残りの5%が悪化しても無視するのが医学という学問です。現在の医学治療で悪化した残りの1%または5%未満の患者が難治性であり、それらの患者を治療するには現在の医学理論と真逆の治療をしなければならないのも当たり前の事実です。


つまり、医学をかたくなに信じている権威者(教授や知名度の高い医師)の治療方針と、難治性疾患を治そうとする医師の治療方針では、その治療法が真逆になります。もう一度言いますが、真逆になることが当然なのです。


もしも医学界の重鎮が提言する治療の真逆の治療をして、患者を悪化させた場合、その医師は社会的に抹殺され、さらに医師免許に傷がつくおそれがあります。このことを考えたことのある患者はいるでしょうか? いや、いないと思いますが、だからこそ難治性疾患を診ようとする医師がこの世に存在できないのです。難治性疾患にかかっている患者は全身全霊でその医師をサポートしなければなりません。サポートのやり方はいろいろあるでしょうが、治療師の業績になれるよう努力し、治療成果を逐一報告し、時に意見や忠告もし、他の人にも同様の治療ができるように資料を提供しなければなりません。それは極めて当たり前のことだと言うことを患者は知らなければなりません。


医師免許を持っていると、逆にクリエイティブな治療をすることが難しいということを理解しましょう。だからこそ、医師免許を持っていない代替医療師たちが治療をしてくれています。唯一、私のように医学界を覆すくらいの根性で努力している無謀な者だけが医師免許を持ちながら難治性疾患の治療法を創造できるのだということを知っておいてください。


そして常々、私は難治性疾患治療に従事することを辞めたいと思っています。あまりにも精神が疲弊するからです。患者たちがそれを許してくれないので続けているだけです。


患者は迷いに迷う

迷うなとは言いません。難治性疾患の治療師に身をゆだねて治療を続ければよいか? 知名度の高い権威のある医師の言う意見に追従するべきか? 迷って当然です。そして、治療師は患者の迷いこそが最大の治療妨害となっていることを認識しなければなりません。


迷う患者を信じさせるには、数回以内に症状改善の結果を出すことです。だから治療師は焦ってしまい、危険な治療に足を踏み入れ、そして病気の地雷を踏んで患者の恨みを買いつつ撃沈します。


地雷の代表格は先ほど述べた特異体質と特異システムです。最悪なことに、特異システムは他の医師が処方した薬剤によって作られることが多々あることです。まさに治療方針が真逆とはこのことです。


ただし、難治性疾患の患者は勇気を持たなければなりません。既存の知識では治らないことが判明している時点で、既存の医師の意見を参考にしてはいられないということに気づかなければなりません。


新しい治療が成功するとは限りませんが、挑戦しなければ前に進みません。前に進まない場合に、現状を受け入れる選択もあるということを忘れてはいけません。既存の治療に頼っていれば、ますます悪化していくことがあります。進むかとどまるか、拒否するか? いずれを選択するにも勇気と責任が必要です。


難治疾患は患者負担が莫大

難治性疾患を治療できる治療師はいつの時代も千年後の未来も、常に全国に少人数しか存在しません。これは難治であるがゆえの宿命です。そして難治を治せる治療師は「世の表舞台には出ない」という法則があります。


有名人の難治疾患を治療することで一躍脚光を浴びる治療師もおられますが、それは宝くじで1等が当たる確率よりも低いことです。日本では田中角栄の顔面神経麻痺をブロックで治癒させた若杉先生が有名です。


このように「難治性疾患を治せる者が少ない」という事実を裏返せば、難治性疾患を治すためには遠方からはるばる特別な技術を持つ治療師の元へ通院しなければならないことも必然です。そして特別な治療師は毎日何十人という難治性疾患の患者を治療していますので、「私は苦しいから特別扱いして診てほしい」というわがままが通用しないことも必然となります。ならば、入院施設を用意してほしいと思うかもしれませんが、再度言いますが、難治性疾患の治療師は表には出られません。表立って入院施設を持つことは経済的にも社会的にも許されていません。なぜなら、医学(国が世界が)が認めていない治療法だからです。


難治がゆえに、治療費が桁違いに高くなり、治療回数も長くなり、通院距離も遠くなり、その上リスクにとびこまなければならないという必然があります。この必然を乗り越えられる方だけが治療に成功をおさめることができます(保証はありませんが)。


つまり、患者負担が莫大です。よって病気をあきらめるのではなく、治そうとするならば、最初から強い(折れない)精神力が必要になります。折れない精神力を持ち、リスクが起こったら全て自己責任にできる方でなければ難治性疾患を治す機会を逃します。


すでに患者は難治性疾患に精神を侵され、治療師を信じきる心を失っています。しかし、不信の目を治療師に向けた時点で治療は終了です。不信感=治療終了の合図、となることを知らなければなりません。つまり、治療を終了させるのは常に患者側です。だから難治性疾患は治療が難しいと言えます。


詐欺師が潜む難治治療

難治性疾患の患者は常に「迷いの中」を生きています。目の前の治療師を信じていいのか? この治療法であっているのか? の迷いです。選択肢を誤れば悪化し、さらなる地獄へ落ちてゆく恐怖にさいなまれています。また、難治性疾患の治療師には詐欺師も潜んでいるため騙されて大金を奪われることも普通です。治療師によっては「アドバイスが真逆である」ことが多々あります。誰を信じていいのか迷います。


患者は唯一、自分の苦痛を少しでも和らげることができる治療法だけを選ぼうとするため、根本治療ではなく、姑息治療を選んでしまう傾向にあります。よって詐欺にあいやすくなります。大切なことは「自分の責任において選んだ治療師を信じ切る」ことであり、「信じた自分を信じる」ことです。


難治性疾患の患者は「治せるという保証」を求めます。「誰も治せないから難治」であるというのに、治る保証という「ないものねだり」をしてきます。しかもないものねだりをする患者はたいてい治療師の指示に従いません。そもそもこういう方は難治治療に不向きですので治療をあきらめて自然治癒を目指す以外に道はありません。


難治性疾患を治療する治療師は、「あらゆる治療を試す」ということを行います。治療に王道も答えもないことを知っているからです。つまり、一流の難治性疾患治療師は常にあらゆる治療法を組み合わせてバリエーションを変えます。これを別の言い方にすると「一流の治療師は治療法を迷うことに迷いがない」となります。一流の治療師は「迷い道に深く入り込むことに迷いがない」のです。


勇気をもって、堂々と自ら迷い道に入り込むことではじめて難治性疾患の治療の糸口を見つけます。その迷い道には地雷や落とし穴だらけです。いつ自分にも危害が及ぶかわかりません。その危害を回避しながら迷いの森へと迷いなく入り込んでいきます。


そして患者は迷いの森を進もうとする勇気ある治療師に不信の目を向けます。確立された治療法がないのに「治療を試そう」とする治療師に不信の目を向けます。まるで「私の体で実験しないでください」とでも言いたげです。この時点で治療は終了です。


難治性疾患に確立された治療法がないのは当然であり、「治療を試さないで」と言った時点で「ないものねだり」になっていることが患者にはわかっていません。


そうではなく、この「訴訟天国」と呼ばれる時代に「治療を試してくれる」医師は皆無だというのに、患者の幸福のためだけを思って「治療を試そう」としてくれている治療師に不信感を示してどうするのでしょう? 難治性=確立された治療法がない ということを患者はなぜ理解できないのでしょうか? 残念ながら、迷いの森で治療師についていくことができなければ治療は終了です。そこまでかけた労力は全て水の泡です。患者も苦痛ですが、治療師の方も苦痛です。本気で患者を治そうとする治療師は、必ず代金以上の奉仕活動をしていますから、その奉仕活動分の大金がすべて水の泡になります。


ネガティブキャンペーンという治療妨害

不信感の強い患者は「治療成果を口にしない」という特徴があります。難治性疾患の治療師にとっては「治療成果」こそが次に打つ手を考える治療指針となります。しかし、ネガティブな患者は治療によって「改善したこと」を一切しゃべりません。まるで与党に反論する野党のキャンペーンです。


例えば、「治療後に食欲が多少出ました」ということは口に出さず、「現在も便秘が続いています」という「自分の体に起こっている今現在の悪い部分」のことしか言いません。「体に一瞬でも起こったいるよいこと」は治療の成果である可能性がありますが、ネガティブな患者はそれを成果だとは認めようとしないものです。よって次回の治療方針が立てられず、結果的に「治療をしているのに悪化しかしていない」という印象になります。


こうなると、実際には治療が成功しているにもかかわらず、治療師は「失敗に終わった」と考えるようになり、一つ一つ治療の手を中断して行くことになります。そして最後に打つ手がなくなると治療が終わりです。


満足の行く治療成果が得られていなければ、「治療成功」とは考えないネガティブな患者の場合、それは治療妨害となることを知っておかなければなりません。答えのない迷いの森に入っていく治療師に、出口の糸口となるヒントを差し出さない患者は、治療師を「迷いの罠」にかけてしまいます。これが恩を仇で返すことになっているということを認識しておいてください。


難治性疾患の治療に挑む患者は、「常に自分の体に起こった変化を客観的に治療師に伝える義務」があります。「私は医者じゃないからわからない」と言って何もしゃべらない患者がいますが、そんな患者は、難治性疾患を治してもらう資格がありません。治療師を迷いの罠にはめたくないのであれば、全身全霊で自分の体の変化をチェックし、治療との因果関係(特に少しでも改善した症状)を正しく言えるようにしておかなければなりません。


人のからだは同じではない

難治性疾患をわずらってしまう理由の最大は体質です。免疫系が過敏である、動脈が細いなどの遺伝的な体質が根本にあります。現代西洋医学では「全ての人間が同じ構造をもつことを原則としているため、特異体質を持つ人は存在しないことになっています。


しかし実際は抗生物質を服用しただけで、体中の皮膚が壊死を起こし、失明するスティーブンジョンソン症候群などの特異体質を持つ方が存在し、そうした特異体質の軽度なものを持つ者の数は決して少なくありません。


難治性疾患はそうした特異体質を持つ人が、些細なきっかけで発症させますから、現代医学では理解不能となります。そして、このようなデリケートすぎる体質をもつ人の場合、普通に行う普通の治療で症状が悪化することがあります。治療とからだの何かが反応するためです。


このようなデリケートな体質が存在し、難治性疾患の患者の場合は「例外なくデリケートな体質」であるからこそ、治療師は次元を超えた幅広い知識(医学を超えた知識)を持つ必要があります。そして、治療の技術も卓越していなければなりません。


技術がいくら卓越していても難治性疾患の治療は無理で、超高度な万物を見通す見識眼が必要です。そうでなければ、地雷を踏み、落とし穴にはまります。


難治性疾患治療では、特異体質を持つ患者のみが集まります。それらを全て「頭がおかしい」とする現代医学に立ち向かうための勉強と研究も必要です。人のからだは同じではないからです。


私はおそらく難治性疾患を専門に治す医師として非常に多くの勉強と研究を重ねています。そして現医学の次元を超えた幅広い知識とデリケートな治療を行っていますが、それでも私の言葉を信じない患者が大勢来られます。悲しいことです。


患者は「全てを説明してほしい」わけですが、次元を超えた医学理論であるだけに、説明したところで理解できるはずもありません。「あなたには理解できないと思います」と真実を患者に述べると、患者は激怒し不信感を持ちます。患者はみな自分が特異体質の持ち主であることを知らないのか、それとも知らないフリをしているのか、治療で症状が悪化すれば、それを全て治療師のせいにし、自分には全く責任がないような顔をされます。


難治性疾患の治療では、かくも理解してもらえないところで、患者に不信感をつきつけられながら、命を張って治療を行わなければならず、非常に理不尽な毎日を過ごしています。

おそらく、医学がどれほど進歩しても難治性疾患に挑む治療師は、こうした理不尽と戦うことになります。


特異体質と難治性疾患

人のからだは同じではないという意見を前回述べましたが、真実は「95%(99%)は同じ範疇に入る」中で「5%(1%)以下の人間に特異体質がある」と考えてよいでしょう。統計学的な考え方ですが・・・。

難治性疾患を治そうとする治療師は、この5%(1%)未満の特異体質を理解しようとする者です。


そうした特異体質を本人がわかっていない、医学書にも載っていない、インターネットを探しても見つけられない、という中で理解しようとする治療師は極めて貴重な存在です。


別に特異体質を理解しなくても治療はできますが、治療の際に症状が悪化することを想定できないことになります。そして一度手痛い失敗を経験すれば「特異体質の患者には近寄りたくない」と思うはずです。


しかし、真に難治性疾患を治そうとするなら、特異体質を理解しなければ、患者をデリケートに治療することができません。知らなければ治療がガサツになるでしょう。


私は、おそらく難治性疾患の患者より、患者の体質について深く理解しています。しかし、患者は「私が特異体質を理解していること」を決して信じません。それはこれまでにさんざん多くの医師がガサツに治療して失敗してきているからです。私も同類と思われています。


そこで私は最初からデリケートに治療を始めるために、遠距離の通院はご遠慮願い、近くに宿泊しながらの治療を計画するのですが、そのアドバイスに従うこともなく、患者の都合で来院します。そしてブロックしてリバウンドがきつくてドロップアウトです。


もちろん、宿泊で通院するにはかなりハードルが高いことはわかります。まず1回治療を受けてから考える・・・としたいのはわかります。しかし、特異体質による症状悪化は、連続の治療でしか防げないことがあり、私に張り付いていないと対応しきれません。しかし、毎回単発治療で来院されるため、リバウンドがきつくて中止になります。つまり、特異システムが出来あがってしまっている患者の場合、「治療を試す」だけでも1週間の滞在が必要なのです。患者はそんな私のアドバイスを簡単に無視します。


結局、患者は私のことを「そこらじゅうにいる普通の医師」と同じくらいにしか信用しておらず、そのために私のアドバイスどおりに動くことはなく、治療を中止せざるを得なくなります。おそらく、私ほど特異体質を理解している医師はいないと思っていますが、患者は理解してくれません。非常に残念です。


難治性疾患を治療するには、特異体質であることを前提に、極めてデリケートな治療が必要です。例えば、ブロック注射をする際に、枕の高さを念入りに調整するなどのデリケートさです。なぜならば、少し悪い姿勢を5分も続ければ、特異体質の人は呼吸困難の発作を起こすからです。


逆に言うと、そういうデリケートさがなければ難治性疾患を治療する資格はありません。しかし、患者側はそのデリケートささえも信じることはなく、自分の意のままに医師を動かそうと考えるようです。


ここにこのように書くのは、難治性疾患をなめておられるのは患者本人であるということを強調したいからです。難治を治すには極めて険しい断崖絶壁を登るようなものであるという真実から逃げてばかりの患者に、「自分の体から逃げるな!」との最終通告です。


特異体質=頭がおかしい

特異体質をお持ちの方々はこれだけは絶対に覚えておいてください。特異の意味はその疾患人口の1%未満にしか存在しないと言う意味です。これは統計学です。西洋医学は統計学を悪用し(本当はやってはいけないのですが)1%未満にしか起こり得ないこと=「あり得ない」 と断言してしまうことがまかり通ってしまっています。つまり、特異体質による特異な症状は「あり得ない」ことであり、「あり得ないことが起こる理由」は「あなたの頭がおかしい」からであると結論付けてよいことになっています。よって、特異体質を持つ方は、「一度心療内科にかかってください」と言われます。まさに統計学の悪用であり、この悪用のおかげで医師たちは「やっかいごとにまきこまれることなく日常業務ができる」わけです。

特異体質の患者には治療法が確立されていませんので、医師にとっては避けるべきやっかいごとであり、避けなければ日常業務が成り立ちません。よって特異体質=頭がおかしい、とすることは社会的に認められるというシステムがあります。まずはシステムを理解しなければなりません。医学に対して怒りを抱く前に、システムがなければ社会は動かないことを知らなければなりません。あなたがたは大人なのですから。

その中で、特異体質の患者に大胆な治療をしようとすることは医師にとって命がけになることも理解しなければなりません。特異体質を理解する医師がこの世に存在すること自体が極めて稀なことであると理解しなければ「ないものねだり」をすることになります。特異体質に対し、命がけで治療しようとしている医師に対して敬意を十分に払わなければなりません。敬意がない特異体質患者を治療すれば、その医師は命がけではなく命とりになります。


患者の意見は最重要

ここでは個人的な意見を述べます。難治性疾患と毎日24時間闘っている患者は、自分の体の異変について誰よりも知っています。そして人間の勘はどんな精密機械よりも優秀であり、たまに誤動作はするものの「患者の勘」に従うことが特異体質の治療に有効であることが多いと感じます。そこで私はできるだけ患者の勘におつきあいすることにしています。治療に患者の意見をとりいれるのです。

難治性疾患治療は道なき道ですから、患者の意見に完全にそって治療することも必要です。しかし、患者の意見に沿うことは厚生労働省の治療指針に逆らうことを意味していることを知ってください。学会、教授、先輩医師、行政、国に逆らうことを意味し、医師にとっては精神的負担が莫大です。よって、医師が患者の意見をとりいれた治療をする場合は、その精神的コストも考えると、実際にかかった費用の10倍以上の費用がかかっていると考えてください。その金額を請求することはありませんが、そのくらい大変な厄介事に引きずり込んでいます。このことは絶対に忘れてはいけません。真実だからです。

そして最終的に私のような「患者の特異体質を理解する特殊な医師」の意見と、患者の意見が割れることがあります。その理由は私の治療に従うことが苦痛を伴う場合です。どちらが正しいかは神様しか知り得ません。だからその時は私の意見を無視していただいてもかまいません。


難治性疾患は永遠です

医学が進歩して、今の時代に難治であるものも千年後には普通に治せるようになっています。その千年後にも「難治の疾患」が必ず存在し、それらを治すには患者・治療師、共に莫大な労力がかかります。それは未来永劫変わりません。


難治性疾患の治療師は極めて希少な存在です。そして患者はその治療師に全身全霊をもって敬意を示してしかるべきです。「難治とは何か?なぜ治り難いのか?」を考えた時に、「それは現医学で治療法が確立されていない症状が出ているからだ」と素直に認めなければなりません。


患者のみではなく治療師も認めなければならない事実です。治療師が「この症状への治療法は現医学で確立されていない」ことを知れば、「マニュアル通りの治療で治るはずがない」ことを悟ることができるからです。逆に言うと、難治の疾患にマニュアルを適用させる治療師ほど愚か者はいません。そしてその愚か者が一般の医者たちです。基本的に厚生労働省はマニュアル以外の治療を認めていませんので無理もありません。


医師たちがマニュアル通りに治療しても治らない患者は「頭がおかしい」としてしまう愚かさから抜け出すことは、多分、未来においても無理でしょう。なぜなら、この愚かさから抜け出せるのは、いつの時代も、既成概念にとらわれず真実を見ようとした希少な治療師だけだからです。


難治性疾患を治せるのは常に一握りの存在です。そして、その一握りの治療師に出会った幸運な患者も、治療師に不信感を向けて治療を自ら終わらせてしまいます。難治性とは何か?を各自がもう少しまじめに考えるべきではないでしょうか? 真実から目をそらさず、まじめに考えてください。治療師にすべて丸投げですまないのが難治性疾患です。特異体質や恒常性の低下が起こっている者は自分の体に責任を持たなければなりません。他人に治療を依頼する前に、自分の体質と向き合ってください。そして、それらを理解できる希少な治療師を探す義務があり、お金も労力もかかることを覚悟する必要があります。


私は難治性疾患にたずさわろうとする治療師を一人でも多く世に輩出するために、このような文章を書いています。


最後に

全ての治療をあきらめ、自然に任せることは最善の難治性疾患の治療になりうることも忘れないでください。

難治性疾患治療ガイドライン」への26件のフィードバック

  1. はじめまして。

    難病関連のHPを検索してて、先生のHPを見つけた者です。
    宜しく お願いいたします。

    私は現在、大変困っていて、絶望的な状況で困窮しております。

    私は中年層の男です。
    ここでは、個人を特定されないよう、
    詳細な年齢を書きませんが ご了承お願い致します。

    症状は、
    【全身の脂肪組織の水溶化,弾性変性,それに起因する全身関節の緩み】です。

    簡単に言いますと、脂肪がクラゲの如く、ブヨブヨな弾性になった症状です。
    ビニール袋に水を入れた状態の弾性感触が一番近い表現です。

    発症は、約2年半前から突然現れたものです。
    筋肉では無く、明らかに皮下脂肪織の弾性変性が賢明で、
    恐ろしいのは、体の骨格や関節の弛みと姿勢安定制御が損なわれていることです。

    関節が紙のようにスカスカに軽くなっており、
    脆弱でしっかり保持されてないようなような状態です。
    まるで、肉が溶解して 剥離して浮き上がっているかのような酷い体感があります。

    歩行は出来ますが、極端に不安定な姿勢をとると転倒してしまいます。
    例えば、片足立ち+上半身を意図的に捻ったような不安定姿勢の際、
    ストーンっと、何のブレーキもかからず加重方向へ即倒します。

    立小便の際、体全体がゆらゆら 前後左右に揺れます。
    倒れることはありませんが、ブランコの最後の止まる前までの小刻みな揺れに近いです。

    着座すると、尻の肉がクッションの役割を果たされてなく、
    骨盤の末端の左右の尖った骨が当たってしまい、衝撃吸収がゼロです。
    同じく、PCのマウスを握った手首の小指の中主骨の根元のやや突起した骨だけに加重が面では無く、一点にかかって、痛く、とても不快的です。

    つまり、表皮に近い骨は、脂肪が液状化したかのように弾性を失っている為、
    骨盤が物体と接触したり、足裏も親指の根元の骨だけに加重がかかってしまい、
    しっかりとした生体機能が破壊されたような症状になっています。

    極めて肉の弾性異常がそれらに影響しているのは、間違いありません。
    特に 膝の膝蓋骨は、足を垂直にして立っていても、カパカパに上下に動きます。
    弛みが酷いので、膝運動に踏ん張りが利かず、姿勢制御が精密にキープ出来ません。

    この症状は、発症して約3ヶ月ほどで 異常を知覚し、その後もじわじわ脂肪が軟化していき、
    酷くなって現在に至っております。

    まず、去年、近所の総合病院に行き、症状を問診表に書いたら、神経内科に回されました。
    検査は、力比べのテスト,血液検査,CT,頭部MRI,筋電図をやりました。
    結果は、異常無しと言われ、大学病院の[総合診療科] に紹介状を書かれました。

    2番目の大学病院の総合診療科では、血液,尿検査だけ行い、
    何も 話を言われず、精神安定剤を処方されました。

    とりあえず、いきなり反発するのもバツが悪いと思い1週間安定剤を貰って飲みました。

    そして、翌週【ゆっくり直していきましょう】とボカしたような事しか言われず、
    再び安定剤を処方されたので、意を決して私は言いました。

    【すいませんが、組織を採取するとか化学的検査をしてもらえないのでしょうか‥?】
    それに対し 【出来ません】と理由は言われず、断られてしまいました。

    それが1年半前の話です。

    大学病院では【ウチが嫌ならヨソへ行ってみる?たぶん 無理だと思いますけどね】
    と、笑いながら言われたので通院を止めました。

    今年になって再度、別の総合病院に行き、敢えて皮膚科を指定して受診。
    しかし 【これはたぶん、神経内科だよ~】と言われ逃げ口上のような雰囲気でした。

    そして、またも神経内科を受診し、血液検査,頭部MRIを同じように検査されました。
    結果、異常無しと言われ、これ以上検査は無いと言われて、
    仕方なく宛名無しの紹介状とMRIのCD-ROMを貰いました。

    さらに3ヶ月後にトップクラスの大学病院に行き、総合内科の初診を受けた後、
    またもや神経内科に案内されました。

    神経内科の初診で、いきなり【セネストパチー症です!】と言われました。
    どういうことか尋ねてみると、精神病です!と強い口調で言われました。

    ここの神経内科では、目の動体視力テスト,ゴムハンマーで体の数ヶ所を叩く、それだけでした。
    そこで私は【生検をして頂けないのでしょうか?】と言いましたが、
    【あなたの症状は内科的要素は無いです、生検なんて傷つけることは出来ない】

    そして 精神神経科を案内します‥と言われましたが私は時間とお金の無駄遣いになると思い、予約を取っておいて、翌週予約を丁重にキャンセルしました。

    そして、現在に至っております。

    私はこの1年半の間、様々な関連疾患をネットで調べてみましたが、
    ピッタリ符合する症状はネット上に掲載されてませんでした。

    エーラス・ダンロス症候群とも、皮膚弛緩症も 若干 似ている要素はあっても違うようです。
    私の顔面がおじいちゃんのようにシワシワになっている訳ではないので‥。
    もし、皮膚弛緩症だったら、治せないので それだったら恐怖です。

    素人の私が言うのもおこがましいのですが‥

    治療の是非に関わらず、性検をすれば、すぐに組織異常だけは簡単に分かりそうな気がするのですが、どうにも 今まで診察して頂いた医者の方は避けられてるような印象を持ちました。

    初めの頃は【軟化してるのに何故?精神病にされる?】と思っていました。

    しかし、先生の記事を読んで よくよく納得出来ました。

    とりあえず、快適に体がガッチリしてなく、仕事も3月まで無理してやっていたのですが、
    限界を感じ、今は休職しております。

    私の症状のような判例は初めて聞くものでしょうか?

    とにかく、【普通の体に戻りたい】という願いしかありません。

    しかし、今までの経緯と先生がお書きになられた真実を知り、
    おそらく 精神病とかたずけて 門前払いされているのだろうと思います。

    先生のエリアとは近所ですので、場所は問題ありません。

    しかし、如何なものでしょうか‥。

    私は先生が書いたような厳しい医者のルールや厚労省の裏側などの実態を知って、
    恐ろしくなりました。

    そして、先生のような真っ当な方が様々な圧力を加えられている現実を知り、
    真に戦っている姿は 美しく、そして素晴らしいと感じました。

    長文駄文を書いて 申し訳ありませんでした。

    宜しく お願いいたします。

    • 脂肪組織の水溶化という表現が「真実」を表しているかどうか疑わしいのですが・・・。脂肪融解が起こるには脂肪細胞が壊死するという条件が必要です。それが真実と仮定すると「なぜ壊死するのか?」を考えた時に、自己免疫(自己抗体)による原因以外には考えられませんが、そのような病態は現医学では未発見ですから、新種の病態かもしれません。ただ、新種であってもなくても生検は腫瘍性病変で行うものであり、それ以外では適用になりませんし、診断名がついていない時点で生検を行うことは無駄になりますし、病理の医師に「何を調べるのか?」を伝えることができませんので診断として無意味です。ですから、生検に「何かがわかるかも?」という期待をすること自体がないものねだりになっています。現医学は生検で何もかもわかるという時代ではなく、まだまだ遅れた学問ですので。

      神経内科に回される理由は、初見の医師は筋肉に異常がある可能性を考えているからであり、脂肪細胞の異常を推測していません。もし、真実が脂肪細胞の壊死であったとしても、そのような病態が現医学の概念にありませんので、脂肪細胞の異常を推測することはありません。また、突然現れたものであればエラスダンロスなど遺伝的な疾患は否定されます。

      現代医学でも解明されていない奇病の可能性もありますが、原因をつきとめるよりも、まずは痛みを止める方法を模索されるべきだと思います。そこに神経が関与していることだけはおそらく間違いないと思われますが、神経内科の病気は一般的に死の直前まで病気が進行しないと診断がつきませんので、病初期にはあてにならないという実情があります。まあ、とりあえず一度、私の治療を受けに来てみてください。話は全て、そこからです。

  2. 先生、

    ご返事頂きまして、ありがとうございます!

    あまりにショッキングな内容で‥ 動揺してしまいました。

    私も 素人ながら、
    血まなこに1年半の間、難治性疾患について調べてました。
    壊死や壊疽などの記事も よく漁って閲覧してました。

    見た目では診断のつかない病理を確定させるのも1つの目的として、
    皮膚生検などで標本化されてるのかと思っておりました。

    つまりは、全国のどこの優秀な大学病院の皮膚科にいっても、
    無駄な徒労に 終ってしまうのですね。欧米でも同じなのでしょうか?

    皮膚弛緩症は、場合によっては生検し、鑑別が可能であるのに対し、
    私のケースも 弛緩したような似た症状で鑑別出来ないとは、残念でなりません。

    ちなみに私は、今月の25日~夏休みの間、工事業の依頼が来てまして、
    その間、毎週日曜日が休日というスケジュールです。

    その方には【膝が痛いので あまり無理は出来ない】と説明してまして、
    しばらく休業していましたので、貯金も 悠々ではないので、
    1ヶ月強、少し無理して働けば、9月くらいにはある程度、
    まとまった職人単価の報酬が入り、経済状態を確保できます。

    という状況なのですが、途中で途切れ途切れになるくらいなら、
    資金を貯めて 集中的に通える体制をとりたいのですが、如何なものでしょうか?

    今後、どのように 段取りしていけば良いでしょうか?
    なにか 経過資料のようなものを作ったり、特に必要ありませんか。

    まさか、前代未聞の症状が自分に起こるなんて‥
    と信じたくありませんが 現実を受け止めるしかありません。

    さらに 先生を頼る他ありません。

    どうか 宜しく お願いいたします。

    • 症状が似ているという思い込みで診断名を作り上げてはいけません。あなたの場合は、皮膚が弛緩しているのではなく、筋肉が萎縮していると判断されていると思います。ですから神経内科を受診することを勧められたのだと推測しますが・・・。

      筋肉の弛緩と続発する関節の痛みに対する治療を考えなければなりませんが、診断名はつきません。残念なことに日本では診断名のつかない病気に保険を用いて治療することを禁じられています。よって一般的なクリニックであなたの症状を治療することは、どんな治療も医師側に迷惑がかかるということを絶対に忘れてはいけません。理不尽と思うでしょうが、それが日本の政治なのです。その理不尽の中を私も生きていることをご理解ください。「治してほしい」と思いすぎるがゆえに、治そうとする側に迷惑がかかることを忘れてしまうかたがいますので。

  3. はじめまして。
    私は4年以上前から、原因不明の嗅覚障害に罹っていまして、西洋医学・東洋医学(漢方・鍼・灸など)あらゆる事を試してきましたが、改善しませんでした。
    現在、鼻の嗅覚は左側がほぼ0%、右側がおよそ10%くらいの状態です。
    食べ物の風味が判らない事がいちばん辛く、一生このままなのかと思うと、時々イライラして、パニックになります。
    諦めきれないので、ネットで色々な情報を探していたところ、こちらのホームページで、上頚交感神経節ブロックで嗅覚障害が治癒した例が紹介されていたので、大変興味を持ちました。
    出来れば、先生に詳しくお話を伺いたいと思い、コメントしました。どうか連絡おねがいします。

    • 嗅覚障害の治療実績が少ないため、ぜひ治療をさせていただきたい所存です。上頚神経節ブロックをぜひ受けにきていただきたいと思います。

  4. あなた面白よ!
    やっと自分で物事かんがえる人間に出逢えました
    医学の歴史なんてそもそもデタラメの試行錯誤なんですから
    現在の医学なんて100年後にはオカルトですよ
    あなた書いてることは大体合ってるけど
    治療方法の薬物を外から注入するってのは
    間違ってはいないだろうが
    レベルとしては低い行為です
    本来は内臓を強化することで
    内臓が勝手に行うべき行為なのです
    内臓を強化する方法は究極的に
    スワイショウと
    立禅です
    調べてみてください
    内臓を強化する以外にも
    スワイショウは身体をニュートラルにする
    立禅は身体を正しく強化する
    でそもそも痛む要素がなくなる身体になります

    • 私が行っている「薬物を外から注入するという方法がレベルが低い」ということは重々承知しています。常にやめたいと思っています。しかも毎日やめたいと思っています。何度も言うように、治せばよいものではなく、リスクがないことが最大に重要ということが患者は理解しておらず、楽な方法へと逃げてくるのは患者自身であり、その患者の要求にいやいや従って治療しているというのが真実です。ブロック注射などは、必ずリスクを伴いますので、第一選択にするべきではないと思っています。西洋医学以外に病気を本質的に治せる代替医療があることは存じています。ですから、私のところへ来院されず、可能な限り代替医療でがんばっていただき、その上で、さらに治らない方だけ、私に相談していただけるように、常日頃もうしております。

      ただし、本質的に治すには患者の努力が必要で、それができる精神力のある方はそう多くありません。

      私がブロック注射をやめて、医師を廃業できるほどに代替医療者が活躍していただくことを節に望んでおります。

       また、代替医療は「値段が高い」ことがネックになっています。貧困者はまず代替医療を受けられません。

  5. スワイショウと立禅はオカルトではありません
    あくまで物理的なものです
    しかも無料で苦痛もなく簡便です
    あちこち痛くなる人ならない人いてるわな
    要は身体が筋骨内臓含めて歪みがあるかないかの違いです
    病気になる人ならない人いてるわな
    簡単には内臓が強いか弱いかの違いです
    内臓が強ければ元気
    内臓が弱くなれば病気
    内臓がダメになればお亡くなりです
    しかも内臓を強化すれば自動的にあちこちの修復作業に必要な薬物を合成し送りこむのです

    • 気功や武術、体位などは健康を作るうえで極めて有効であることは比較的多くの方が知っているかもしれません。しかし、誰もが行えることではありません。訓練し、習得し、絶え間ない努力が必要です。私の元へ来る患者は、そういうことができない患者たちであり、国民全員、老いも若きも武術を学ばせるわけにはいきません。人権のない独裁国家なら独裁者の一存でできるかもしれませんが・・・

       国民は賢くはなく、愚かであり、糖尿病や高コレステロール血症を、食事制限もしないで薬でごまかそうとする者ばかりです。そういう者たちに食事制限すれば済む事であることを、教えても教えても無駄に終わります。無駄に終わっているからこそ、これだけ多くの成人病患者がいるわけです。

       武術や気功で健康維持ができるほどの精神力のある者はわずかであり、その他大勢の弱き心の持ち主の国民の健康を守ることが我々の仕事です。もし、本気で、弱き心の持ち主であるその他大勢の国民の健康を気功や武術で守りたいのであれば、国を揺るがすほどのPR活動が必要であり、実際にそれをすべきであると思います。ここに書くのもその手段でしょうが、もう少し、真剣に、他人の健康を守ってさしあげる方法を考え出してほしいものです。多くの者は心が弱いのですから。

  6. 昔の偉人の文献読みますと
    らい病で苦しんだとか
    それは食中毒だろうとか肺病だろうとか
    精神病だろうとかそんなのはありきたりですが
    腰痛で苦しんだとは無いのです
    現在これだけポピュラーな腰痛が
    昔はなかったのだろうか?
    腰痛の元凶は学校教育なのです
    本来う動きまわるべき幼少期に10年間も
    不自然にまた強制的に椅子に座らせるので
    みなさん腰痛になるのです
    ちょっと考えてみてください
    鉄塔でも車両でもバイクでもビルでもいいのですが
    全体の構造に歪みがあって一部分にちからが加わりそこが故障するまたは破壊する
    でその故障した部位を修理するまたはその部位を交換する
    でまたじきに故障する
    これが鉄塔やら車両なら当たり前に理解されることなのですが
    腰痛では理解されないのです
    スワイショウと立禅で全身の歪みを治して強化すれば
    至極当然に痛みおよび故障はなくなります
    当たり前のことなのです
    副次的に異常に元気にもなります

  7. 40代の息子が円形脱毛になり、昨年夏ごろから皮膚科医院で診ていただいていたのですが、多忙のために定期的に通わなかったせいか、多発性円形脱毛になってしまいました。頭部に10数個の禿ができており、ステロイド療法のためか少し肥ってきてしまっています。順天堂大学の関連病院を紹介されたのですが、最近社内の主要ポストについたばかりで、遠距離のため一日がかりになってしまうこともあり、なかなか都合がつかないようです。まごまごしていて眉毛・睫毛まで抜けてしまわないかと大変心配です。以前私がさまざまな体調不良でSGBの治療を受けた事が有り、ひょっとしたらとあちこち探すうちに、先生のホームページに行きついた次第です。多発性でもSGBが有効だと思うのですが、頑固な息子で私の意見など聞いてくれません。先生にSGBが良いと言っていただければ説得できると思いますので、アドバイス宜しくお願いします。

    • SGBはおそらく自律神経を改善させることにより免疫形態に良い影響を与え、過剰な自己免疫による攻撃を抑制すると推測します。ただし、SGBの効果は、行う医師の技量により月とすっぽんです。適切なSGBができる医師は非常に少数だと思います。よってSGBなら治る!という単純なものではなく、治るまでの期間、治療回数、どの程度治るか?などの全てが未知数です。よって、出会った医師の技量により運命が変わるので、「治療が無駄に終わる」確率の方が治る確率よりも高いと思われます。つまり、私の意見も「息子さん側の考え方」に近いです。無駄に終わるなら時間とお金をかけて治療するよりも出世に賭けたいと思うでしょう。そういったことを全て理解した上で、息子さんが自分の意思で治療を受ける決意がなければ、治療は続きませんし失敗に終わる確率の方が高くなるでしょう。

  8. 現在12歳小学校6年生の娘がいるのですが3歳の保健所の検査の折に
    難聴の疑いが出て、大病院にて検査した結果高度感音性難聴と診断されました。
    当時はまだ出生児に聴力検査の義務がなかったため先天性かはわかりませんが
    親の見解としては乳児の頃は音によく反応を示していたと思います。
    診断されてからはなんとか治って欲しいとの思いから漢方なども試しましたが
    特に効果なくいつか画期的な治療法が見つかるのではと他力本願な日々を過ごしてまいりました。
    そんな折に昨日の夕方、娘が耳鳴りがしてから片耳があまり聞こえなくなったと言われ色々調べてたときに先生のHPに辿り着きました。
    片耳の不調については今朝になっても治らず名古屋で有名な耳鼻科に
    かかったところ、突発性難聴などの所見は見られず薬だけ出しておくから
    様子見でいいですよと言われました。
    突発性難聴の心配もそうですが先生の「上頚神経節ブロック」にもとても
    興味がありますので来週の月・火曜日にちょうど仕事の都合を
    つけれそうなので先生のご都合があれば診察にかかりたいのですがメールお待ちしています。

    • 1日でも早い治療が望ましい方への緊急のご連絡を院長より一任されております医療秘書のAと申します。早速、あなたさまのメールアドレス宛にご連絡させていただきました。ご確認いただければ助かります。

    • 片耳の不調はできるだけ早急に治療すべきですので、来週まで待たない方がよいと思います。夜でもよいですから(時間はあなたの都合に合わせます)早々にこちらに来られてはいかがでしょうか?

  9. 10年以上ベンゾジアゼピン系の薬を飲んで、「悪魔の病気」にかかってしまった者です。
    運動神経系と自律神経系、両方に出ました。
    体は段々骸骨化しています。
    精神症状は、表現の仕様のない筆舌に尽くしがたい地獄の苦しみを味わっています。
    まさに生き地獄そのもので、1秒1秒が苦しみの連続です。
    生きていられるのが信じられないです。
    今、睡眠薬で少し安定しているので、コメントが書けます。
    先生の記事に、絶望的とありました。
    精神科の電気けいれん療法と「レイキ」という治療法を考えています。
    すみません、先生のお考えをお聞かせください。
    絶望的ということで、何をしてもだめだとわかっているのにここにコメントさせていただきました。
    奇跡が起きることを待つしかないのでしょうか。
    読んでいただきありがとうございました。

    • 電気けいれん療法は私は存じませんが、極めて野蛮な治療法であることは間違いのない事実です。しかし、壮絶な苦しみを考えると、それを受けることを否定しません。どんな治療を受けるにしても、今からでは「いきなり治る治療法」はありません。コツコツと積み重ねていくしかないと思います。短気はおこさず、コツコツ積み重ねることを頭からひと時も忘れないことをおすすめします。私が勧めるのはCBPカイロプラクティックです。物理的に神経系を治すにはこれしかないと思っています。しかし、多くの人は「物理ではない」と考えているでしょうから、私の案は奇策です。奇策で構わないのであればご紹介さしあげます。

  10. 先生、先日はありがとうございました。
    「悪魔の病」にかかってしまった者です。
    先生の、すぐに治る方法はなく、コツコツとやって行くことをしっかり頭において決して短気を起こさず、というアドバイスをしっかりと肝に命じたつもりでしたが、精神症状があまりに酷く、一瞬一瞬が苦しみの連続です。
    私は躁鬱病ですが、ここまで来ると気分
    の波もなくただただ地獄の苦しみの中にいるだけなのでしょうか?
    夜中も鬱に苦しみ日々酷くなって来ました。
    もう生きている自信がありません。
    先生にご紹介いただいたカイロプラスティックで、長くないうちにほんの少しだけでもいいので楽になる可能性はないでしょうか?
    人が味わう苦しみを越えています。
    忍耐の限界と闘っています。
    愚問を承知で質問させていただきました。
    本当に申し訳ありません。
    何かお言葉をいただけたらありがたいです。

    • 私の記憶が間違いでなければ、私のブログの中に「悪魔の病気」という表現をしていることで、私のクリニックに抗議の電話をかけてこられた方ですよね。それは「治しようがない」ことを例えてつけたネーミングであり、そのたとえに激しく反応されて抗議されてこられては困りますので、さっそく「悪魔の病気」というワードは削除させていただきました。

       間違いでなければ、すでにあなた様は私たちのスタッフに攻撃の刃を抜いてしまわれました。一度抜いた刃はしまうところがないと思います。私どもに攻撃の刃を向けるということは、私どもに頼らなくても生きていくことを選んだこと意味します。すでに私には「よい治療法」を考え出す頭がありません。薬剤の禁断症状だけは「私にも治せない」と白旗を振ります。さらにスタッフへ言葉の攻撃をされていらっしゃる場合、私は、あなた様を受け入れることは難しいと思います。

       まあ、それとは別に、たとえ私の治療を受けることを許容したとしても、おそらくリバウンドが待っていると思われます。ですから、今の苦しみを早く逃れたいと思うのではなく、月日をかけて健康を練り直すことをお勧めしているわけです。痛みに悩む方はまるで狂犬病にかかったように他人を攻撃してしまうと存じます。その攻撃を受けてしまうと私が他の難病患者様を治すための精神力を奪われてしまうため、現在の状態では受け入れることは不可能です。

       すでにカイロプラクティックを紹介差し上げていますので、まずはお受けになってみるのはいかがでしょうか? もちろん、紹介したカイロプラクターも私の同志ですから、攻撃性の高い言葉で傷つけないでいただきたいと思っています。あなたは知らず知らずに、あなたに関わる治療師たちを傷つける言葉を吐いてしまわれると思います。そこだけは必死にこらえることをお勧めします。たとえ死にたいほど苦しくても、心無い言葉を吐くと、相手は激しく傷つきますので。治療師も人間ですから。

  11. 私は2年程前に日焼けをしてから日焼けが治っているのにも関わらず、チクチク痛い状態が治らなくなってしまいました。
    足の付け根から足首まで足の毛が生えている範囲全てです。
    今まで皮膚科、整形外科、神経内科、心療内科、麻酔科、ペインクリニックに行き、血液検査、MRI、レントゲン、糖尿病検査など行いましたが異常はなく、1つの大学病院では小径繊維ニューロパチーと判断、1つの大学病院では身体症状症と判断されましたが、治療法が見つからず痛みが消えません。
    現在はリリカ、トラムセットを飲んでいますが、大きな効果は見えず1年近く服用しています。
    痛みはチクチク痛く、裸の状態ではほぼ痛みがありません。ズボンを履くと痛みが出ます。叩いたり強い刺激には痛みはなく、易しく触ると痛みが発生します。
    ズボンを長時間履くと、少し赤くなります。
    痛みは10段階で6程度の痛みで、躁鬱状態など特にありません。何か良い治療法ありましたらご教示お願いします。

    • 整形外科、神経内科、心療内科、麻酔科、ペインクリニックで異常なしと言われているのであれば医学的なアプローチでは難しいと思います。硬膜外ブロックなどはお試しになられたでしょうか? まず最低限硬膜外ブロックを試す必要があると思いますが、ブロックをしてもらえないとなれば、していただける医師を探すしかありません。病名としてはアロディニアと言えますが、その原因は現医学では解明しようがないのです。その上で、最後の治療の鍵として「霊障」を考えておくことをお勧めします。

  12. 迅速なご返信ありがとうございます。
    神経ブロック治療は何度か医師に打診しましたが、実施して頂ける医師がいなかったので出来る場所を探してみます。
    ちなみに運動器カテーテル治療も相談しようと思っていますがいかが思いますでしょうか?

    • ペインクリニックを何軒か回れば治療をしてくれる医師に巡り合えると思います。運動器カテーテル法を試したいとのことですが、一応、何でもやってみるという意味では受けてみるのは一つの手です。これは血管を潰して細い神経を壊死に近い状態にさせるという考え方ですので、本当に末梢神経の増殖が原因であったなら効果があると思います。が、その確率は高くありません。よって一つの手段としてやってみることです。ただし、副作用や合併症がないわけではないのでご注意ください。造影剤の副作用、血管を壊死させるという手荒な治療、動脈に管を入れることによる小さな血栓の発生など、体に無傷ではないことを考えて決心してください。

       ちなみに、私の診療所には、それらも含めて西洋医学ではなにを行っても治らない方が来院します。この意味をよくお考えになり、八方塞がりの場合はまたご相談ください。

  13. 強直性脊椎炎です。指定難病ですので、こちらのスレッドに投稿させて頂きます。現在は、コセンティクスという生物学的製剤のおかげで寛解しております。1ヶ月にに1本打ってますが、こららの薬剤は寛解した状態でも打ち続けねばならないのでしょうか?生物学的製剤の副作用に関しては、追跡データがない関係もあり発がん性の有無がわからない状態だと思います。今のところ日和見感染以外の副作用はありません。現代の医療では、難病は完治が難しく、どこまでを持って治療を一旦お休みにするのかもわかりません。先生の場合は、炎症している箇所にしらみつぶしにブロック注射を打つ治療をやっているかと思いますが、予算の関係もあり、私の場合は指定難病の助成金がでるので生物学的製剤の治療を選択してます。しかしながら、生物学的製剤のやめ時がわからなく、途方に暮れてます。進行性の病気なので、やめれば病状が進んでしまうのではないかという心配もあります。ただ、主治医の先生にこの質問をするとお互いの関係性が崩れてしまうため、先生ならばどういう選択肢を選ぶかお聞きしたく投稿致しました。
    恐らくの他の難病の人も寛解からの治療の方向性で悩まれている人は沢山いるかと思います。

    •  主治医と患者の関係はあくまで医者からは拒否できないから医者が診ているという関係ですので、患者が思うほどに医者は関係性を重視していません。関係が崩れるからお願いが出来ない、話ができないというのは、そのような雰囲気を作ることで医者が患者を支配することが目的です。
       私のアドバイスとしては、担当医に聞いてもよいということ。

       あなたがここでアドバイスをもらうという行為は、数ある意見の中で「自分が納得した治療法を自分の意思で受ける」ためのものであり、言い換えれば、自分の考えた治療を医者に指示するために行おうとしていることになります。つまり難病治療の主導権を握ることが目的ですのでその片棒を私はかつぐつもりはありません。

       患者は支配者になりたがるものですが、難病は支配・非支配という考えを脱却しない限り最良の選択にはならないでしょう。所詮、医学では治せないものだという壁にぶつかり、思惑は藻屑となります。生物学的製剤は治すのではなく、免疫にしわを寄せるだけです。必ずしわがよります。どれだけひどいしわがより、どの程度寛解するか?は、必ずねつ造されたデータが入ります。どこまで信用するかは各自に任せます。

       医学では治せない難病にかかった場合、自分を見直す作業が必要になります。それは自分自身に善意と慈愛があるのかないのかという問題と向き合うことです。

       世の中には、医学で治せない難病を治せる者や方法が存在します。「方法が存在する」という私の意見を、信じるかどうかによってあなたの人生が変わります。

       考えてください。「治せる方法が医学以外にある」と私があなたにアドバイスすることが善意なのか悪意なのか? 慈愛なのか?詐欺なのか? 私のアドバイスが善意や慈愛から由来していると判断するためには、あなたが善意や慈愛に満ちた生き方をしている必要があります。善意や慈愛に満ちた生き方をしてれば、他人が言う言葉が善意からきているかどうかが判断できるからです。その道を進んでいない方には、私の言葉を信じる根拠がありません。つまり悪意や詐欺に生きている人は、「医学では治せないものを治す方法がある」というアドバイスは、悪意や詐欺であると判断し、本当に善意や慈愛で行うアドバイスには耳を貸しません。

       だから、医学では治らない難病にかかった患者は誰もが、自分を見直す作業をしなければならなくなると最初に述べたのです。自分がこれまで生きて来た人生に悪意や詐欺が多かった場合、善意や慈愛に満ちたアドバイスには従うことがありません。私は真剣に難病を治そうと、今も努力をし続ける医師として、「難病が治るかどうかは患者の心の問題である」ことをとうとう突き止めてしまいました。

       もし、この私の発言が悪意や詐欺でないと仮定すると、私はあなたに狂人扱いされます。つまり、善意で嘘をつくのは気が狂っているからだという結論になります。

       そうなると最終的には、主治医に直接意見を伺った方がよいとなるわけです。このような私のアドバイスを、私の癇癪、キチガイ、意地悪さであると受け取るかどうか? で私とあなたの道が交わるか離れるか(縁があるかないか)が決まります。

       医学は極めて乱暴なしわよせ医療だということを考える機会に出会えたのは、あなたの人生の中の一つのチャンスです。このチャンスを見逃すのはもったいない話です。

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