ケナコルトの適量使用法

はじめに

ケナコルトが「保存的に何を行っても治癒しない」整形外科領域の疾患を驚異的な力で治癒させてしまうことを知っている臨床医は少なくないでしょう。しかし、ケナコルト使用で副作用を出現させてしまった臨床医もまた少なくないでしょう。私もこれまで、ケナコルトの体に対する悪影響についてはさんざん述べてきました。ここでは悪影響があるにもかかわらずケナコルトを使用する本当の意味(どれほど効果が絶大か)について述べていきます。ケナコルトの効果は臨床家たちが評価する以上に実は大きいのです。それと同時にケナコルトがどれくらい少量でも効果を発揮するのかについて述べ、適量を安全に使用できる限界ついて考察します。少量適量の研究はケナコルトを使用するのなら知っておく義務があります。

ケナコルトのDDS

ケナコルトのDDS(ドラッグデリバリーシステム)は他の薬剤には真似ができません。それは注射した局所に固形成分として2~3週間とどまり、そこからじわじわと溶け出して吸収されていくという仕組みです。つまりケナコルトは局所にステロイドの24時間持続注入を行っていることに等しいのです。この24時間休みなく放出されるステロイドは炎症を起こっている箇所に対して24時間絶え間なく、2~3週間連続で消炎活動を行ってくれます。
  近年レミケードなど、ステロイドよりもさらに強力な消炎効果を示す製剤が開発されました。レミケードの場合、2週から8週間も有効血中濃度を持続するのでケナコルトよりもさらに長時間効果があるようです。当然ながらレミケードはケナコルトよりも消炎効果は高いのですが、ケナコルトは局所で発揮するのに対し、レミケードは全身で発揮すること、全身に対する致命的な副作用を考えるとマイナス面があまりにも多い薬剤で、とても気軽に使えるものではありません。しかも1回数十万円もかかり、それを2カ月毎に使用というコストパフォーマンスの悪さがあり、家計に苦しむ中流生活者にとって決して好まれない治療法です。
  ケナコルトのように局所のみで消炎効果を発揮できる薬剤は他になく、その効果の高さと持続時間と局所に留まるというDDSの観点、そして値段の安さから、総合点で評価するとケナコルト(デポメドロール、リンデロン懸濁液なども含む)よりも優れた消炎効果を示す薬剤は他にありません。

問題となるのは使用量

ケナコルトは1瓶40mgのものと50mgのもがありますが、そもそも40mgも50mgもどちらも大量なのですが、1瓶に入っている量という認識があり、40~50mgがそもそも大量であるということを知っている医師はほとんどいないようです。1瓶を注射するとプレドニン換算で毎日2.5mgのプレドニンを20日間服薬するのと同じことになります。ケナコルトを毎週注射する無謀な先生もおられますので、もしも毎週注射したとすると、1日5~10mgのプレドニンを1か月以上服薬するのと同じになります。
  これではいくら局所に留まると言っても、吸収されて全身に回るステロイド量も莫大になり、副作用が問題になります。1瓶を1回でまるまる使用するような医師がこの世にいなくなるように教育していかなければなりません。無知は恐ろしいことです。しかしながら今も尚、1瓶が40~50mgであるという事実は、この薬剤の生産者が40mgが大量であること、少ない量でも効果が出ることを知らないということを意味します。

どこまで使用量を減らせるか

ケナコルトは使用量が少ないのならとても安全な薬ですが、多いと種々の副作用を長期間表すようになります。よってどこまで少ない量で効果が期待できるかについて研究して使用すれば安全です。そこで使用量を可能な限り少なくし、かつ有効であるぎりぎりラインを調べました。すると関節内注射なら1回2.5mgで十分効果を発揮することがわかりました。実に40mg瓶で16分の1量です。1瓶が1ccですので0.0625ccで十分ということです。ここまで注射量を減らしても、十分に消炎効果が持続し強力な効果を発揮するという結果でした。ただし効果時間は若干短縮されます。
  これほど少ない量のステロイドでは副作用を心配する必要がほとんどありません。私の場合、ケナコルトは1週間でトータル5mg以内しか使用しないようにしています。つまりプレドニン換算で1日に0.875mgです。長期使用の場合は1カ月のトータルで10~12.5mg以内に必ず抑えています。一般的な副作用にどのようなものがあるかは、次の表を参考にしてください。
 
少量でも起こる副作用 中等量以上で起こる副作用
顔の火照り、発汗異常、かゆみ、生理不順、注射部の毛細血管拡張、皮下出血、意欲低下、倦怠感、種々の疾患の重症化、糖尿病既往者の血糖上昇(膵炎)、むくみ、中心性肥満、血圧上昇 静脈血栓、コレステロール値上昇、電解質異常、骨粗鬆症、骨の無腐性壊死、感染症、消化管出血、動脈硬化、尿路結石、精神異常

左側に記載してあるものが少量でも起こる副作用の一覧です。1日にプレドニン換算で0.5mg以下であれば、ほとんど起こらないと言えます。ただし、個人差が激しく、敏感な人では出ることもあります。私の外来で、「敏感な人」に該当する割合は5%前後です。
ただし、高コレステロール血症、糖尿病などを合併している場合は要注意です。高コレステロール血症があると少量のステロイドにも敏感に下垂体が抑制を受け、ACTH分泌が低下し、その結果副腎機能低下症が発症しやすいようです(詳細は「ケナコルトの安全性と副作用に関する調査」参)。しかも、使用を中止してからも数カ月間、下垂体機能が低下したままであることも経験しています。よって高コレステロール血症を合併している患者への使用は、採血しながら副作用チェックをして使用することを強くお勧めします。糖尿病の場合は血糖値の上昇ですが、これは誰もがよく知っています。

ケナコルトを使わない理由はない

ステロイドの副作用に関しては、使用量をギリギリまで低下させることでほとんどを予防できます。そして消炎効果とDDSの効果は他に追従を許さないほどに効果が高いわけですから、使わない理由は無知ということになります。どのくらいの使用でどんな副作用が出るかを知らないという無知です。副作用を知らないのではなく「どのくらいの使用量で」という部分を無知だといいたいのです。
  今でもケナコルトは恐ろしい薬として、これを使用する医師はならず者扱いされて破門されることもあります。そういう医師界の流れ、通説があるので恐ろしくて使えないというのが実情です。オカルト情報に惑わされず、自らケナコルトの安全性と危険性について研究すればいいのです。
  笑い話ですが、私は16分の1量という極めて少量のケナコルトを副作用を研究しながら注意深く使用しているというのに、ケナコルト使用を非難する医師たちは私が使用している分量が非常に少ないことにも気づくことなく、私のケナコルト使用に対して非難するところです。そうした医師が自らケナコルトを使用する時は、何も考えずに40mgをまるごと局所に注射しているのです。笑えない笑い話です。

ケナコルトの効果

  1. 膝への注射では一度で関節水腫を治してしまうほどの抗炎症作用があります。水を抜く必要はありません。ケナコルトにより炎症が治まれば水がわき出てこなくなるからです。さらに痛みの抑制効果が強力かつ持続します。手術しか痛みを取り除く方法がないと言われている患者に用いても痛みのほとんどを取り除くことができます。しかも少量使用であればステロイド性関節症も起こりません(私の受け持つ患者で過去に1例も経験がありません)。
  2. 肩峰下滑液包への注射では厳しい肩関節周囲炎で腕の挙上ができなかった患者でも挙上ができるようになります。無論ヒアルロン酸よりもはるかに効果が高いと断言します。もちろん効果の持続も長く、数回の治療で完治する患者も少なくありません。
  3. 坐骨神経痛、腰部脊柱管狭窄症などでルートブロック、硬膜外ブロックなどに用います。ブロックの効果時間が倍以上に伸びることを検証しています。過去の論文では硬膜外ブロックにステロイドが無効とありますが、水溶液では無効ですが、ケナコルトでは際立った効果があります。ステロイド反対者は自分の手でステロイド使用の研究をしませんから、人づてに聞きかじった論文のみを証拠品として「使用者を批判」しますが、我々は自分の手でデータを収集し、臨床的にその成果を立証し、さらに副作用について日夜研究しています。
  4. スポーツ外傷、スポーツで膝の半月板損傷、手首のTFCC損傷などで痛みがとれない場合、ケナコルト使用で手術なしでもかなりの確率で治ります。私の場合他の医師から「手術するしか治す方法なし」と言われている患者をケナコルト使用で数えきれないほど完治させました。もちろん手術になった患者はほとんどいません(0ではありませんが)。
  5. 頑固な腱鞘炎、ドケルバン腱鞘炎、テニス肘など、何をやっても治らない痛みがケナコルトであっさり治ります。ばね指も手術の必要性がありません。ケナコルト注射で痛みが出ないレベルにまで素早く戻せます。おそらくバネ指やドゥケルバンの手術をされている整形外科医は、手術せずにケナコルトで治せることをほとんど知りません。もちろん、再発の問題もありますが、再発の都度、注射を行うことで問題なく生活を送れますし、腱が切れるほどの大量使用もしないので治療が問題になることもありません。
  6. 指関節の痛み、ケナコルトの指関節内注射は「最もよく効く」注射です。一度の注射で「歳だから治らない」と言われていた指の痛みがほとんど消失し、しかも効果は3か月から半年以上続きます。指関節には圧倒的な効果を発揮します。しかし、技術的に注射が難しいという理由で、指関節内注射を出来る医師がほとんどいないのが残念です。
  7. リウマチ患者にはケナコルトはとても相性がよいといえるでしょう。腫れのある関節、腱鞘などに少量ずつしらみつぶしのように注射していけば、レミケードなどを使用しなくとも痛みと腫れが消えていきます。炎症の強さに応じて回数を増減します。CRPなども低下し、抗リウマチ薬が必要のないところまでたやすく導入することができます。ただし、いろんな箇所に注射するのはとても面倒な作業なので(特に指には誰も注射をやろうとしない)医師はそれをいやがる傾向が高いでしょう。もちろん使用は少量です。

ケナコルト使用で医学の常識では考えられないような改善効果があります。しかしながら過去の医者たちがこの効果の強さに酔いしれ、安全量をわきまえずに使用したおかげで副作用ばかりが取りざたされるようになり、今ではケナコルトを使用する医者はならず者扱いされるようになりました。問題は使用量であり、それを熟知していれば使うことができます。
  しかしながらいまだに不適切な使用量によるステロイド関節症やステロイドによる腱断裂などの過去の論文が医師たちを脅かしており、医事紛争でもケナコルトを使用して局所に萎縮を来した場合に面倒になるなどと報告され医師たちが使用を躊躇している現状があります。不適切な使用量ではなく、今後適切な分量のケナコルトを使用した医師たちの適正な報告を待つ以外に方法はなさそうです。私がこれらのケナコルト反対論文を不信に思う理由は、自らデータをとり、自ら安全性を10年以上調査し続けているからです。なにより、これほど優れた薬剤を遺物にしてしまうわけにはいきません。もっともっと多くの医師に安全に使用していただきたいのです。

ケナコルトが安全使用されると…

ケナコルトの安全使用ガイドラインがきちんと作られ、多くの医師が適量・適所・適時に使用できるようになれば、ケナコルトを使用しない医師が駆逐されていきます(特に開業医)。それは使用医師と使用反対医師の間で治療成績が桁違いになるからです。よってケナコルトの適量が多くの医師に認知されると、恐らく使用しないではいられなくなります。だからこそ、ケナコルト使用反対派医師は未来も徹底的に反対しなければなりません。そういう運命にあるのがこの薬剤です。
  ただし、ケナコルトを使用したから治せるようになるわけではありません。そもそもの診断が間違っていると間違った場所にケナコルトを注射することになるので、それでは効果が出ません。ケナコルト使用の前に、診断能力の方が、医師としての才覚が問われます。よくある無効例がテニス肘の治療で上腕骨外上顆にケナコルトを注射する場合です。実は肘の痛みが頸椎症性神経根症由来の中枢感作であることがとても多いのですが、そのことを認識している整形外科医はほぼ皆無であり、正確には神経根ブロックをしなければ肘の痛みが改善しません。そうした知識、神経根ブロックの技術を身に着けない限り、ケナコルトを肘に使用しても患者を治すことはできません。
  私は何度も言うように「他の医者が治せなかった症状」を治療することを専門としてきましたから、他の医師たちの診断ミスを誰よりも認識している医師です。その私から言わせてもらえば、ケナコルト使用の是非よりもまず、診断の是非が先であるということです。医学書では学ぶことのできない診断力と技術力をつけた上で、ケナコルトを使用して初めてケナコルトの真の威力を体感できるようになると思います。非常に手厳しいとは思いますが、医師の才能とは第一に診断力です。医学書の診断基準をうのみにしている地位や名誉のある医師たちには、才覚があるとはとても言えません。このことが理解できるのはごく一部の勉強熱心な開業医のみでしょう。