今日は勤務2日目。まだ先方から「クビ!」を宣言されていないので一応勤務する。ただしいくら私でもクビにされる日を待ちながらの勤務は精神衛生上よろしくない。ただし患者の診療をはじめるとそんなことを忘れて全力で治療している。
私は前回の診療で自分のパワーがこの病院の仕事量よりも上回り過ぎていたことを知った。院長いわく「目も回るほど忙しい外来」だそうだが私はここがまるで赤ん坊と思えるほどもっと過密で忙しい外来を行っている。勤務初日に作成した患者向けの書類はこの程度の病院では「やりすぎ」に入ると私も少し反省した。
「外来はチームでやっているんです」と院長にお叱りも受けたが、そのセリフは私には「全体の平均レベルに診療レベルを合わせなさい」と聞こえる。つまり外来では手を抜けと言われているようにしか聞こえない。私は来た患者を全力で「治そう」としている。他の医者は「さばこう」としている。この温度差は埋まらないだろうがさすがに「手を抜け」同然のことを言われるとこんな病院にいれば私は腐る。手を抜くことだけは許すことが出来ない。
そこで私は前回の文書をいったん引き取り、初診の患者用の問診票だけを持参した。ちなみにここの既存の問診票はB6サイズの小さなもの。私の問診票はA4サイズが2枚の大きなもの。情報量が何倍も違う。
外来診療で初診の患者を本当に親身になって診るためには患者からより多くの情報をより短時間で引き出さなければならない。そのためには問診票に多くの情報を記載していただく。これは「目の前の患者を本気で治療する」というなら不可欠である。問診票がB6サイズである病院など、それだけで本気で患者を診る気がないことが判明する。ま、ほとんどの病院がそうなのだが…ここも例外ではない。院長はここのシステムに従えという。何のために従う? おそらく院長は私のような常識破りがここにいると病院の評判を落とすことがとてもとても心配なのだろう。だが、それは違う。実際私が勤務すればどこの病院の評判もうなぎのぼりになる。しかし、相対的に私以外の医師の評判は下がる。大きな病院に勤務すると悩むのはその点だけだ。他の医師には私の存在がやっかいになる…これは気の毒だ。
ただ、私への初診の患者に私の作ったオリジナルの問診票を渡して記載してもらう。それは許容範囲ではないだろうか?
さて、今日の外来は初診の患者が私の元に午前中だけで10人以上やって来た。再来の患者と合わせると25人以上になるが、さすがに初診が半分となると午前の外来時間帯だけでは間に合わない。電子カルテなので情報入力に時間がかかるからだ。
私の診療は何度も言うがめっぽう早く患者とやり取りする情報量が他の医師の診察の倍以上ある。そこでこの人数の初診患者であると午前の受付締切が12:50であると診療が終わるのが14:30となってしまった。
これは前回私が事務長に文句を言った通りの結末だ。12:50締め切りで午後の診療開始が14:00であると午前の患者を14:00までに診きれない。医師は休憩さえとれないぞと申告した通りだ。こんな診療で時間内に終われるというのなら患者をまともに診ていない証拠になると言った。
さてこういう場合どうするか?午後の診療開始をずらすのだそうだ。ここは午後の患者も予約診なのだが14:00に予約した患者を勝手に15:00からスタートにするというのである。最低だな…この病院。予約患者を1時間も待たせることにもはやここの医師たちは良心が傷つきもせずに慣れ切っているのだろう。しかも14:30から休憩をとるにしても予約患者を待たしているのが気になってしまい落ち着けないじゃないか。
「これは問診票を私のオリジナルのものにしてもらうしかないな」そうしないと午前の診療が終わらない。
一日の診療が終えた後、私は自分の作った問診票を封筒に入れ院長に手紙を書いた。
「そろそろ患者が多くなってきましたので私の作った問診票を使いたいと存じます。一度お目通り願います。」と書いて事務の女の子に院長先生に渡しておいてもらうように頼んだ。
さて、帰宅後すぐに医師斡旋紹介業の業者から私の携帯に電話があった。
私にはそれが何の要件なのかすぐにわかった。クビの宣告だ。
患者の診療をスムーズにするためにオリジナルの問診票を作成する。そのことが原因でクビになる。これが医療の世界だということを知らなければならない。
もちろん知っている。知っているが全力を尽くす診療をするためには避けて通れない。だから避けない。体当たりでぶつかる。そしてこの体当たりは私が開業するまで続く。開業すれば自分の好きにやっても誰にも文句を言われない。だが勤務医はクビにされる。
ちなみに先週私が診療し、今日再来した患者には大変感謝された。
「先生、どこ行っても全然治らなかった痛みが先生の注射のおかげで全く痛みがなくなったんです。本当にありがとうございます。」
「それはよかったですね」
「今度いつ来たらいいですか?」
「治ったならもう来なくていいですよ。もしまた痛くなったらいつでもすぐに注射して、またすぐに治して差し上げますよ。」
「分かりました。そうします。」
「でも、痛くなったらすぐ来て下さいよ。私のようなならず者の医者はすぐにクビになりますからいつやめさせられるかわかりませんから…」
「……」
患者にとって私の言った言葉の意味はわからないかもしれない。彼にとって私はこれまで会ったどの医者よりも腕の立つ名医だ。別に自慢しているわけではないが彼が私を見つめる視線はまるでファンがスターを見つめるような感じだった。
こういうことは私の外来ではいつものことなので別に私の自尊心が特に沸き立つことはない。
しかし彼にとってやっと出会えた素晴らしい医者。できれば一生おつきあいしたいと思っているだろう。良き医師との出会いは人生を質の高いものにしてくれる。特に高齢で手足が不自由になれば、良き医師との出会いは自分の人生の幸福と直結する。
しかし申し訳ないが私はここをすぐにやめさせられる。それをすでに肌身に感じていたからこういうセリフを彼に伝えたまでだ。
そして予想通りクビになった。患者には申し訳ないが、たった一度でも私の治療を受けたことをラッキーだと思って私がここをやめることを悔やまないでほしい。
あ~あ、面接のときに「私は他の医師に妬まれるくらい治療への温度差がある」ことを宣言し、協力していただけるよう頼んでおいたのに…ま、仕方がない。彼らの常識の枠を私は超え過ぎているのだろう。理解できないのは当たり前なので私も誰も恨んでいない。それにしても今回は院長のプライドを傷つけてしまったようだ。私は自分の「非常識なほど全力疾走」する体質を認識している。全力疾走していない者は大なり小なり私にプライドを傷つけられる。だから私は友達を作らないことにしているし親戚づきあいさえしない。傷つけたくないからだ。
私は他人の行動には全く口出ししないのだが「自分の行動を制止しよう」と試みる者に対しては徹底的に戦う。その戦いで退くことはない。それが例え院長であろうが総理大臣であろうが関係ない。そういう精神だからこそ全力で治療というものができる。
ここの院長は私の「全力の治療」に対して「他の医師と足並みをそろえなさい」と言ってきた。だから私はそれに対してクビをかけて戦った。彼の経歴はとても立派でK大学の客員助教授までしている。それだけタフな精神力を持っているのなら私の行動を黙って見ていられる器があるかもしれない…と私は期待した。期待は見事に裏切られた。経歴からは人の器の大きさは推測できないことを知った。惜しいなあ。