ブロック注射を行っても治癒しない症例

ブロック注射を行っても治癒しない症例の共通点

<はじめに> 硬膜外ブロックや神経根ブロックなどを行っても全く治らない痛みがあることを理解し始めたの近年のこと。そうしたブロック無効の腰痛をBICBと名付けて研究し始めたのは今年2014年に入ってからのこと。そして自分の書いた論文を見なおすと、まさにBICBであろう症例が見つかった。以下の症例はそうしたBICB症例である。BICBの根本原因は脊髄より中枢にあると思われ、おそらく以下の症例も、脊髄への血行改善のブロックを行えば症状が軽快すると思われる。もう今からでは遅いが、過去、私が未熟な時期に、なぜ治らないのか? 治らない症状に共通点があるのか? など試行錯誤して考えた未熟な論文である。
  • 症例 73歳 女性
  • 主訴 腰痛、左下肢後面痛
  • 現病歴 3か月前から上記出現、近医整形外科にかかり内服薬を処方したが全く改善せず、知人に私を紹介され、私の外来を受診 現症 立つ際、立位、仰臥位で就眠、歩行時などに左下肢後面痛が出現する。Staticな痛みではなくDynamicな痛み。安静にしていれば痛みは一切ない。自転車ならば痛みは出ない。 DTRの減弱等なし。知覚異常なし。

4542645426L XP:L5/S 左Facet OA(+)

治療経過

  初診時 腰部硬膜外ブロック(0.5%キシロカイン10cc)→効果なし
  • 1週後2回目 仙骨部硬膜外ブロック(0.5%キシロカイン10cc)+Lt.L5 PRB→効果なし
  • 2週後3回目 仙骨部硬膜外ブロック(0.5%キシロカイン10cc)→半日痛みが消失
  • 3週後4回目 仙骨部硬膜外ブロック(0.5%キシロカイン10cc)→効果なし
  • 4週後5回目 仙骨部硬膜外ブロック(0.5%キシロカイン10cc)+Lt.S1 PRB→効果なし
  • 5週後6回目 Lt.S1 PRB→効果なし
  • 6週後7回目 Lt.L5 PRB→効果なし
  • ・・・
  • 10週後11回目 Lt.L5 PRB→効果なし
PRB=傍神経根ブロック 透視を使わずブラインドで神経根付近にブロックをする方法。3回目の仙骨部硬膜外ブロック(0.5%キシロカイン10cc)を行って半日痛みが消失したのを除いて11週に渡るブロックは全く効果がなかった。
 

考察

ブロック注射を行えばどんな痛みもブロック直後には消失する。私は様々なブロック注射を年間で1~2万件行うが、その中で本症例のように全く効果がないとする患者に1年に数人の割合で遭遇する。 そうした患者の共通点は、Staticな痛みではなくDynamicな痛みであった。すなわち「ある一定の姿勢の時、ある一定の動作の時にのみ痛みが生じ、それ以外では痛みが出現しない」という特徴があった。本症例では自転車では痛みが出ず、立位、歩行時、仰臥位時のみに痛みが出現し神経学的な異常はないという特徴があった。 この患者から既往歴を聞くと、この3か月のうち、胃潰瘍で10日間入院した経験があり、入院後の4~5日間は痛みが消失した、という。 この話より、ADLが変化すると治癒する可能性が示唆された。よって治療方法としてADLの指導が挙げられる。しかし本症例では高齢であり軽度認知症もありADLの指導は不可能と判断した。 このような症例を保存的にブロックで治療することはおそらく不可能に近いであろうと思われる。積極的治療をするとすれば、PRIFなど腰椎の固定が望ましい。 私は他の医師に「治療法なし」と言い捨てられた患者の腰痛・神経痛をブロック注射で治療することを専門としており、腰椎の術後に治らなかった患者、術後に再発した患者などを数多く治療している。そして患者のQOLを向上させるという実績を数えきれないほど積んでいる。 しかしながら、そうしたブロック技術や治療に対する不屈の精神を持っていても、本症例のように効果なしとなる例にごく稀に遭遇する。このような症例の治療法としてはADLの改善以外にないと思われた。
 

<症例2> 81歳 男性

主訴 両臀部から足底部までの両下肢後面のだるさ 両膝に力が入りにくい 腰が重い。 現病歴 1か月前から進行性に上記主訴が出現。 現症 歩行可能 DTRはPTR,ATRともに軽度減弱(左右差なし) しびれ(-)  IMC(+)200m 5分以上の立位で両下肢に力がはいりにくくなる

36040hukuzawa36040hukuzawaL XP:L2,L3後方すべり 全体的にOA(+)

治療経過

  • 初回 腰部に温熱療法と干渉波 血管拡張剤(オパルモン) →下肢脱力感悪化
  • 1週後 2回目 腰部硬膜外ブロック(0.5%キシロカイン10cc)→少し軽くなる 新たに右大腿前面に痛み出現 物療でのマッサージで痛みが増悪、両前脛骨筋と傍脊柱筋に凝り感
  • 2週後 3回目 腰部硬膜外ブロック(0.5%キシロカイン10cc)+Lt.L4 PRB→右大腿痛は消失、腰の凝り感は10→7 ブロック後90分間下肢に力が入りにくかったと訴え仰臥位でbed rest その後下肢に力が入りにくいという状態が1週間後まで継続。本人は治療で悪化したという。 おそらく、ブロック後の90分間のbed rest(固い診察台での仰臥位)が原因で症状が悪化したと思われた。が腰部硬膜外ブロックに不信感を抱いていたため4回目は仙骨部硬膜外ブロック(以下)とした。
  • 3週後 4回目 仙骨部硬膜外ブロック(0.5%キシロカイン10cc+デポメドロール5mg)→全く効果なし文

考察

私は「力が入らずだるい」という、いわゆる麻痺の症例にも積極的にブロックを行い、改善させた経験を多数持つ。一般的に「麻痺にブロック無効」と言われているが、「有効」であることを実証してきた。 しかし、今回のように急速に進行してきた麻痺例には残念ながら効果を発揮できなかった。本症例は最初の1週間で物療や経口薬治療を行ったが症状の進行は止まらなかった。つまり現症は急性増悪期にあると思われた。 注意すべきことは、このような増悪期に積極的な治療を行っても、症状の進行を完全に止めることは難しいということである。おそらく、治療は無効ではないのだが、増悪の速度を遅くすることができるだけで、増悪自体を止めることができないと考える。 よって、増悪が止まり、症状が停滞した亜急性時期に積極的治療を行えば効果が現れると考える。 しかしながら、患者は「ブロック注射のせいで症状が悪化」と推測しているため、医師に対して不信感を抱くようになるため症状が亜急性期になるまで治療を継続しながら待つという考えには及ばない。よって今回のように3回のブロックで治療が打ち切りとなる。 私の場合、症状が改善しなくとも1年間ブロックを継続し、そして症状が劇的に改善したという例も経験しており、ブロック治療の根気がある。しかしながら患者側に根気がなければ医者不信で終わることもある。
 

診療上の落とし穴

腰部硬膜外ブロック後、一時的に不完全な下半身麻酔のようになりベッド上に1時間以上横になっていなければならない状況にしばしば遭遇する(私の場合、そういう状況になるのは1万件に1件程度)。 その際、固い診察台に寝返りも打てずに1時間以上安静にしている状態が脊髄や神経根を著しく損傷する場合があることを常に考えておかなければならない。 特に立位で痛みが出るタイプでは椎間孔が極めて狭小化しているもので、そういう患者が固いベッドに仰臥位に寝ると椎間孔がさらに狭小化し、神経根を著しく圧迫する。 しかしながらブロック後は痛みやしびれを感じないため体位を変えずにそのまま眠ってしまうことも多い。これが症状悪化の原因になると思われる。 予防策としてはセミファーラー位をとらせ、腰椎が後弯になるようにしてベッド上安静にしてもらうことである。

麻痺に対するブロックの意義

私は麻痺に対して硬膜外ブロックなどで治療をする際、通常の疼痛に対するブロックとは異なる考え方で行っている。神経をブロックするというよりも脊髄や神経根に対する栄養血管を拡張させることを目的としてブロックを行っている。 ブロックの血管拡張効果は一時的であり、効果時間は最大でも4~5時間と思われる。1週間に1度、4~5時間このような血管拡張による血行改善を行ったとしても、患者はその後の1週間、血行不良状態で過ごすことになる。よって麻痺に対して治療効果がどれほど明確に現れるかについては疑問が残る。 しかしながら毎週毎週根気よく継続することで、血管が拡張した4~5時間でも損傷した組織は修復に機会を得ると考えている。 今回は失敗例を紹介したが麻痺に対してブロック治療で成功例も多数あることを留意していただきたい。