はじめに
私は今年【2015年】4月に開業した。開業初日から予約でいっぱいであった。おそらく新規開業で初日から患者でぎっしり埋まるクリニックは他にないと思われる。ぎっしり埋まった理由は週1回勤務していた病院の近くに開業したためで、私が開業したと同時に私のかかりつけの患者のほぼ全員が私のクリニックへ移った。患者の病気を治すことができる医者であれば開業しても経営が即安定する。私の患者はほぼ全てが私の追っかけであり、私が移動するところにはやってくる(通院圏ならば)。患者を的確に治せる技術を持てば、どこで開業しても大繁盛間違いなし。ここでは患者を薬漬けにして徘徊させるよりも、どんどん治していく方が経営が安定することを述べて行く。患者の幸せを第一に考える病院が繁栄しないはずがない。日本の医療界の将来
2055年には高齢者1.2人を1人の若者が支えなければならなくなる。医療費の自己負担の割合は高齢者でさえ3割になるだろう。若者たちも3割以上になるかもしれない。泣いても笑ってもそういう時代が来ることを多分避けられない。国家財政が破綻寸前であることを認識しておきたい。よって医療経営は今までのような大名経営では患者が来なくなり倒産する。今後の日本は病院が増え過ぎて競争が激化するのではなく、患者が減り過ぎて競争が激化する。すでに歯科医界が歯科医が増え過ぎて患者の奪い合いが激化しているのと同様、医師会でも同じように患者争奪戦が激しくなることが予想される。当然ながら患者サービスが充実しているところに患者は集中し患者の集まり方は二極化する。すなわちサービスの良い町医者か手術や治療の技術が卓越した専門病院へと集中し、その他は倒産するようになる。客が来すぎて困るお店
この不況の時期を後ろ目に、逆に繁盛しまくっている店がある。そういう店には決まって法則がある。それは出血大サービスをしているということ。採算を度外視したサービスをお客に提供するため、少しでも安くていいものをと考える消費者の心をわしづかみしている。そして客数の多さで利益を出し経営を黒字にする。出血大サービスにはいろんなやり方があるが、客に濃厚なサービスをしていることだけは確かだ。これを患者サービスにおきかえるとどうなるか?患者サービスとは?
- 1、患者を可能な限り最短で治療する(できるだけ通院させない)こと
- 2、患者に可能な限り時間とお金を遣わせないこと
- 3、他の医者にはできないような卓越した治療技術を提供すること
- 4、どんな治療も常に患者の人生の最大幸福を第一に考えること
- 5、薬剤や医療資材を可能な限り無料でサービスすること
- 6、スタッフの接客態度を徹底し、心地よいスペースを作ること
医療費の差は開きすぎ
国公立の病院と儲け主義の開業医では同じ病気でかかっても医療費に数倍以上の差が開く。というのも、国公立では常に患者が多すぎてぎゅうぎゅう詰めの状態なので「可能な限り通院させずに素早く治そう」とする努力がなされる。一方儲け主義の開業医は「可能な限り病気を引き伸ばして上手に何度も通院させ、いれられる検査は何でもやってお金を多く取る」ということをしている。その医療費の差はかなり開く。一昔前までの患者は、そうした儲け主義の医者に対して「サービスの良い親切な医者」というイメージで見ていたが今は違う。インターネットが発達している今、儲け主義の怠慢治療はネットを通じて、または口づてにすぐに広まり、誠心誠意患者を治療しようとしている医者の方へ患者が次々と流れていく。現在患者の過疎化が進んでいる病院はそうしたうわさが患者たちの間で流れているからだということを認識した方がいい。次世代の子供たちは全てがインターネットに精通しているのだから。次世代の患者たちの情報収集力を甘く見積もっていては痛い目にあう。鬼のよう混雑する開業医
この不景気のあおりを受け、今まで大混雑であった病院も少しずつ患者数が減る傾向にある。病気はお金と暇がなければ治せないもの。不況の時は人員削減で仕事は減るが、残った社員はたくさん働き、そして給料が少ない時代となる。だから医者にはかかりたくてもかかれない。そういう患者はすぐに治してくれる医者へと、少々遠くても移動する。私は当時、パートの勤務医だったが、地域では私の診療日がもっとも混雑した。雨の日は「こんな日はすいていると思って来た」と言い、逆に混雑した。雪の日も嵐の日も混雑した。1年中すいている日などなかった(週に2日のパート勤務なのに…)。患者は明らかに私の治療を受けるためにやってくる。診療所にブランドがあるわけではない。周囲の医院はすいている。2時間ある昼の休憩時間は診察で埋まる。それをブランドも何もない私一人がうけおっていた。周囲に整形外科はいくらでもあったのに。手術をする先生が術後の患者管理で混雑するのはよくある話だが、私は手術もしない。名もない小さな診療所の私の診療日だけが混雑した。あまりの混雑と、それでもボーナスの一つも出さない経営者との折り合いが悪く、そこを辞めたが…ただ、後から考えると私は経営者の言うことなど一つも聞かない医師だったので、とても扱いにくかっただろう。
混雑する理由は一つ、患者の最大利益、最大幸福
なぜこれほどまでに混雑するのか?その理由は一つしかない。患者の最大幸福を常に考え、診療所の利益を全く無視しているからだ。たとえば私は骨折した患者は骨がつくと予想された時点で終了とする。1か月も病院に通院させない。子供の骨折は場合によっては1週間でつくことがあるのをご存知だろうか?そういう場合も1週間で終了とする。リハビリ通院はさせない。患者には「リハビリに通ったら時間と労力が無駄になるから私のこの注射をした方がいいです。半数は1回の治療で治ります」と言って即行で治療する(もちろん注射嫌いな患者にまでは勧めない)。検査のオーダーは最低限しか出さない。薬も「私は薬が嫌いです。あなたがどうしても欲しいというなら出しますが…」といって最小限にする。薬で治療するのは自然治癒を待つのに等しい。だがそれでは患者が長期間苦しむ。苦しんだ挙句注射に誘導するというようなせこいやり方はしない。だから初診から即効でブロックなどの注射治療をする。「次はいつ来たらいいですか?」と言われたら、「多分私の注射は1回で効きますから、効かなかったときだけ来て下さい」という。私はこうして病院経営者に利益を出さない方向に常に動いた。もちろん自分の首をかけて経営者とは戦う。私の治療方針に少しでも口をはさめば、即刻やめてやるという脅しを常に経営者にかけつづけた。そうやって経営者が儲からない(患者だけが一方的に得をする)治療ばかりをした。その結果、常に大混雑の診療所となった。しかも患者の入れ替わりがとても早い。1か月もすると通院患者の顔ぶれがみんな違う。なぜなら治すからだ。顔ぶれが違っても一度私の診療を受けた患者は、次に病気になったときに必ず私の診療を受けにくる。だから患者は増えることがあっても減らない。
皮肉なことに、私のブロック注射は一日の施行数がとても多く、他の整形外科医の稼ぐ保険点数の3倍は稼ぐ。おかげで経営者は大繁盛だ。笑えることだが、病院経営者に利益を出させない、患者の利益だけを考える、という治療方針が、結果的に病院を大儲けさせている。これが医療の理想であろう。
医療の出血大サービス
医療サービスは保険点数で種々の制約を受ける。この注射にはステロイドを使ってはいけない、この注射は1日1か所まで、この注射は1週間に1本しかダメ、といったものだ。また、保険点数にないものもある。膝関節内の洗浄は保険点数にない。傷を抜糸した後にステリーテープできれいにしても保険点数にない。神経根ブロックはエックス線透視下において造影剤で確認しなければ保険点数を請求できない。などなど、処置したものでお金にならないものがたくさんある。しかしながら、お金にならない治療の方が、患者を早く治療するには重要である場合もある。週に3回注射しなければならない場合もあれば、1か所にしかできない注射を多数箇所にしたほうがいい場合もある。それらは私がやればやるほど”病院に損”をくらわすことになる。私はその損をもろともせずにがんがん行った。患者の幸福を第一に考えるためだ。損した分は私が腰部硬膜外ブロックを1日に十数人してやることで埋め合わせしてやっていた。腰部硬膜外ブロックは1本8000円。しかもそのほとんどは技術料のため、やればやっただけ儲かる。そんな治療を1日に十数人していうのだから、私の給料はそれだけでもまかなえる。そうやって病院をもうけさせてあげるかわりに、私は患者治療にもうけさせた分の一部を還元していた。
患者も病院も誰も困らずみんな幸せだ。ただ一人私だけが多大な労力と精神力を消費し、疲労困憊する。それだけだ。自己犠牲を行えば結果的に病院は大繁盛。地域の人々は私にとても感謝してくれている。しかし、現実的にはそんなハッピーエンドではない。何度も言うように、私は自分の首にかけて自分の診療スタイルを貫いている。それは患者から絶大な人気を得ていることを武器にして経営者と戦うことを意味する。経営者にとって、私を雇っていることは危険でもあり、儲けにもなる。おまけに経営者の言うことをきかないから、経営者は私に不信感を持つ。
こんな崖っぷちスタイルにおいて私は患者奉仕、社会奉仕へと貢献してきた。だが負けてはいけない。多くの医者が私のスタイルをまねれば、日本の地域医療は高い水準になる。高齢化社会を支えることができる。私が開業すれば経営者と戦う必要はない。しかし、私は敢えてこの不安定な雇用状況こそが己の医師の技術を上げる修行になっていると信じている。常に崖っぷち。そして常に超満員の外来である。しかし、やはり定期的に職場は追われる身となる。私の治療方針に経営者が口をはさんだら最後。私は辞表を提出する。こんな私を泳がしておく器のある経営者にいまだかつてであったことはない。
今年4月に開業したが、開業の理由は解雇されたからであった。2月の初旬に「火曜日に新しい先生が来られるので辞めていただきたい」と言われた。なぜ辞めさせられたか? それは私の外来は私の追っかけで100%占められてしまい、新患を診ることがなかなかできなくなってしまったからだろう。私の隣にいる副院長は脳外科医だが、私の代わりに整形外科の新患を診ていた。経営者側としては「火曜日に整形の新患が来ると負担になってしまう」のだ。副院長の負担を軽減させるために辞職となったのだと勝手に推測している。
ところが、私の患者は症状が極めて重い人が多く、私が辞めれば患者らが路頭に迷う。彼らを治療できる医師がいないからである。そこで私は近くの病院を何軒か回り、私を雇ってくれるところを探した。しかしみな間に合っていると言われた。そこで思い切って開業することにした。2か月間で開業し、無事に全追っかけ患者をひきとった形になった。患者に100%奉仕することに情熱を燃やした結果、開業初日から満員御礼状態となったわけだが、やはり利益を考えず患者のために行ってきた全身全霊の医療行為は最後に実を結ぶのだと実感した。最後にもう一度いう。患者の幸せを第一に考えた医療をする医者が最後に生き残る。どんな不況の日本でもそういう医者は大勢から引っ張りだこになる。この法則は未来永劫変わることはないだろう。