ブロック無効の腰痛に交感神経ブロック

はじめに

世の中にはあらゆる神経ブロックが全く効かない腰痛が存在することを私が認識しはじめて、まだ半年も経過していません。もちろん世間一般の医師たちは、そういう病態があることを全く知らないでしょう。また、ブロックが効く腰痛患者でさえ、「1箇所の痛みだけは何をやっても改善しない」というような”ブロックが効かない箇所”が混在していることが少なくないことを知りました。ブロックが効かない痛みは通常の神経根症とは全く異なる病態であると思われますが、それは現医学では全く闇の中です。その闇を解明すべく、私は2014年の春より、本格的に「ブロック無効の腰痛患者」の治療見直しをすることにしました。「痛みの本態は、神経根にはなく、脊髄炎である」という仮説を元に、脊髄炎を改善させるために脊髄の栄養動脈拡張治療を始めたのです。すると、これまでどの医者にかかっても治らなかった諸症状が驚異的に改善することが判明しました。ここではその治療成果を報告します。

 症例:75歳 女性

主訴 右高位腰痛 下位腰部痛、左膝痛、左下肢外側痛、両股関節痛、両臀部痛(赤字は治療が全く効かない痛み)

現病歴

20年前から右高位腰痛 下位腰部痛あり、これまで受けた治療で改善したためしは一度もなかった。そのため治療をあきらめていたが、1か月ほど前から左大腿外側の痛み、ひざ裏の痛み、両臀部痛が出現しはじめたためH24.7当院初診。初診時は私ではなく他の医師にかかり、腰には理学療法、膝にはアルツの注射を行っていた。H24.11.はじめて腰トリガー注射行う。それ以降2週間に1度程度トリガーを続けるが、痛みは改善しない。

 治療経過

  • H25.03.私を初診。左右L5にPRB(傍神経根ブロック)行うが効果は数時間のみ。
  • 次にL1/2より硬膜外ブロック(側彎のため下位腰椎からは入りにくい)するが痛みの軽減は8時間のみ。
  • H25.05.より根気よく腰部硬膜外ブロックを毎週行う。すると両臀部・左下肢の痛みは軽減。しかし、依然右腰高位痛は改善しない。
  • 痛みが背中なのでT10/11レベルに硬膜外ブロックをトライ→無効。
  • 右L1PRB→無効。たまに出る膝の痛み、大腿の痛みにはL4L5RBが有効。
  • 右高位腰痛にはどんなブロックも全く効果がなく治療費が無駄になるのでH25.12.05.ほぼ毎週行っていたブロックを終了。

 

総合判断

私はできる限りのブロック治療を9か月間連続で毎週毎週彼女に行いました。そして上記の赤字以外の症状は全て改善させることに成功しました。しかしながら20年前から存在する右高位腰痛 下位腰部痛にはどんなブロック治療もほぼ全く無効という状態でしたので、私は「この患者を治療することは不可能」と完全降伏することに決めました。もちろん患者は納得しませんでしたが、「私は他の医師と違い、あらゆる手を尽くした上で、治すことをあきらめたわけですから、理解してください」と告げ、治療を強制終了しました。

 治療の見直し

H26春から夏にかけてブロック無効の腰痛や諸症状の原因として、脊髄炎が関与しているのではないかという仮説を立てました。そして関与していると思われる脊髄の後角細胞をターゲットとし、この細胞への血行改善を中心とした治療を数名の患者に始めました。すると驚くほど高い治療効果が得られました。そこで本患者も脊髄炎由来の腰痛症である可能性もあるかもしれないと思い、11か月ぶりにブロック治療を再開することにしました。

 最近の治療経過

  • H26.10.23. T11/12 硬膜外ブロック→無効
  • H26.10.30. T9レベル 胸部交感神経節ブロック→右腰高位痛の痛みがはじめて軽快したと感じる(本人談)
  • H26.11.06. T9レベル 胸部交感神経節ブロック→5割軽減が1週間継続した。快挙でした!
  • H26.11.13. T11レベル 胸部交感神経節ブロック→無効。どのレベルが効果的なのかを判断するためにやや低めにトライ!
  • H26.11.20. T9レベル 胸部交感神経節ブロック→ブロック直後に改善実感、1週経過後も5割軽減
  • H26.12.04. T9レベル 胸部交感神経説ブロック→さらに改善を実感。作業時に腰が痛くなっても、休憩すれば痛みが治る!と喜ぶ。

 

 信頼度

ここでは彼女の主観的な痛みでしか治療成果を言い表すことができません。よって信頼度は高くありません。しかし、一言付け加えておきますと、彼女は極めてネガティブな性格をしており、これまでの治療でも、改善した症状は医者に告げず、少しでも痛い場所があれば、そのことを訴えて「治っていない」と言い続ける患者でした。「少しでも良くなった箇所があれば報告してください」と何度彼女に説教しても、常に不平不満ばかりを訴えるネガティブな性格をしていました。そのような性格の彼女が、「5割以上軽快した」と報告してくれたわけですから、今回の治療が彼女にとって驚くべき成果であったことがわかります。私が彼女に無理矢理言わせたわけではないことを述べておきます。

考察

ブロック無効腰痛症の病態は脊髄の後角細胞の血行障害による炎症であるとの仮説でこの治療論が始まっています。つまり、痛みは脊髄後角細胞に虚血性の炎症が起こることにより、痛覚伝導路の非常経路が出来あがっていることが原因と考えています。よって脊髄よりも末梢である神経根にいくらブロックをしても症状が改善しないものと思われます。そこで神経根をブロックするという発想をやめ、脊髄後角細胞の血行改善を目的に交感神経をブロックするという発想に切り替えました。そのとたんに、ブロック無効の腰痛患者に次々と症状軽快が起こるという成果が出始めました。これまでの腰痛の概念には全くない新しい理論です。

どの交感神経をブロックすればよいか?

しかしながら、脊髄の血行動態は複雑であり、個人差も大きく、どの髄節の交感神経をブロックすれば標的の脊髄への栄養血管を拡張させることができるのかを同定するにはかなり苦労します。闇雲にブロックしていくのではなく、ある程度症状と位置を照らし合わせながら同定していかなければなりません。脊髄の栄養血管はどの交感神経支配なのか?が完全に解明されていない現在、その作業は手探りとなります。

ブロックは硬膜外と交感神経節の2ウェイ

硬膜外ブロックを行うと、交感神経節の節前線維を穏やかにブロックし、末梢血管へ行く節後線維もブロックします。また、根動脈から脊髄へ向かう髄根動脈も拡張させることができるでしょう。一方、椎体の前側方にある交感神経節をブロックすれば、交感神経節前線維をピンポイントでブロックすることができ、その髄節の血管拡張効果は硬膜外ブロックよりも強力に得られるでしょう。ブロック治療を行う場合は、この2ウェイを考慮する必要があるでしょう。両者が全く異なる点は、1本の前脊髄動脈と2本の後脊髄動脈の計3本の血管拡張を期待するのであれば、おそらく硬膜外ブロックの方が効果が高いと思われる点です。しかし、どちらの方が効果が強いかはその都度効果を比べて判断するとよいでしょう。

前脊髄動脈の血行改善を狙う

脊髄内では前脊髄動脈が最も太く、脊髄前方(前角細胞)の血行改善を狙うのであれば、この動脈をターゲットにするとよいでしょう。脊髄前動脈はおよそL4、L1、T10、T5から流入しますので、この髄節レベルのいずれかの交感神経節をブロックします。ただし、これらの動脈が支配している前角細胞の髄節はおおよそ以下のようにずれていますので注意が必要です。L4→L3,4,5 L1→T11,12,L1,2 T10→T6-10、です。前角細胞由来の運動障害はケースとしてそれほど多くないと思われますので、腰痛を考える場合は無視してもよいかもしれません。

後脊髄動脈の血行改善を狙う

脊髄後角細胞由来の痛みを推測するのであれば、後脊髄動脈の血行改善を念頭に置きます。後脊髄動脈は後根髄動脈からなりますが、後根髄動脈は左右どちらか一方の肋間動脈から(下位では腰動脈から)流入します。左右どちらから流入するかは血管造影をしない限り不明ですから、外来では左右両側にブロックします。髄根動脈は神経根と並走するのでL1の脊髄後角細胞を狙うのであればL1レベルの交感神経節、というように神経根と同じ高さをブロックします。

本症例の腰痛の原因はどこにあるのかを考える

T9の交感神経節ブロックが奏効したということはT9レベルの脊髄後角に痛みの錯誤システムができあがっていると推測します。つまり右高位腰痛はT9レベルの後角細胞の血行不良が原因ではないかと推測されるということになります。しかしながら、根髄動脈の脊髄細胞への血液供給範囲はかなり広いものです。おそらく流入髄節の上下2椎体分(全部合わせると5椎体分)の守備範囲と思われます。よって治療箇所と効果が奏効する脊髄の場所とのずれが2椎体分ある場合もあり、どこをブロックすればどの髄節を改善できるか?には2椎体分の誤差があって普通と考えます。また、根髄動脈の流入形式は個人差があり、数々の亜型があると思われますので、実際にブロックしてみない限り、治療効果はわからないと思われます。

今後の展開

交感神経節ブロックは神経根のさらに奥にあり、胸部に行う場合は気胸のリスクを伴い、腰部では腹腔穿刺のリスクもあります。決して手軽にできる治療ではないだけにこうした治療法が普及するかどうかはわかりません。今後はさらに研究を重ね治療成果を報告していきたいと思います。

ブロック無効の腰痛に交感神経ブロック」への2件のフィードバック

  1. この症例とBICBとの関係が良くわかりません。病態が違うのでしょうか?

    • 悩める医師

       BICBは医師が理解不能な腰下肢痛ですので、一般の患者様が「良くわからない」のは当然のことですので、深く考えず、この論文は見なかったことにしておいてください。

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