3、炎症反応の鋭敏さ
さて、自己抗体は悪者ではなく、体細胞の新旧の入れ替えを行うために必要不可欠な清掃係であることを前述しました。次に、症状を考える上で重要なことは清掃処理の際に生じる炎症反応の強さの個人差を考察することです。現医学において炎症反応の数値化、個人差、正常値などはほとんど設定されておらず、サイトカインなどの測定はするものの、その臨床的応用は不十分と言わざるを得ません。なぜならばサイトカインは炎症性物質の極一部であり、実際は補体を経由して極めて複雑な炎症システムを有するからです。炎症を引き起こす最大の役者は補体です。ですが、未だ現医学で解明されきれていない補体の活動性を全て調べることは難しく、炎症の個人差・個体差について議論できない現状なのです。 ここでは補体の引き起こす炎症の鋭敏さについて考察するのではなく、自己抗体の性能に個体差があるように、補体の性能にも個体差があり、その個体差が症状をひき出すというイメージを述べています。
つまり、自己抗体が正常範囲内にある人でも、補体活性が鋭敏な人は強烈な炎症反応を引き起こす可能性があることを述べています。言い換えると、自己抗体やサイトカインを測定しただけで異常・正常を判断するというような安易な思考を持っていただいては困るといいたいわけです。自己抗体も補体も、現医学ではまだまだその仕組みが解明されていないのですから。つまり、はっきり明言すると、現在の膠原病学はそのほとんどが謎に包まれており、全貌の数割しかわかっていない医学知識を持って患者を診察・治療をしているということです。
私の外来にはリウマチやSLEなどの抗体検査で全く引っ掛からないのに、全身に不可解な炎症反応を起こしている患者が少なからず存在します。そういう患者の多くは精神疾患であると他の医師に忠告されていました。しかし、実際は抗体のみで症状が出るわけではなく、補体も関与しているでしょうし、さらに言えば補体の数量だけの問題でもないと思われます。それが人体の奥深さであり医学が追いついていないことの証拠です。それを認めると医者をやってられないので認めないだけです。 ちなみに私の患者で膠原病類似症状を持つ、抗体異常がない患者で補体(C3)だけが上昇していた患者を、某大学病院の膠原病科に紹介しましたが、無視されてしまいました。これが実情です。
「補体系は宿主細胞にきわめて強力な傷害作用を与える可能性がある。このことは活性化が強力に制御されていることを意味する。補体系は補体制御タンパク質によって制御されている。これらは血液の血漿に補体タンパク質以上に高濃度で含まれており、補体阻害タンパク質の中には、細胞が補体のターゲットとならないよう、その表面膜上に存在するものもある。(wiki pediaより)」 そうした活性化の制御がうまくいかなくなると、実際は些細な損傷なのに強烈な炎症反応(症状)が出てしまうという症候群があることを考えなければならないのです。 以下に代表的な補体とその働きを挙げておきます。
- C1q:標的の蛋白や表面に結合し、補体反応の基点となる。免疫複合体の形成。第1染色体短腕(1p34)にコードされる。
- C1r・C1s:セリンプロテアーゼ(蛋白分解酵素の1グループ)であり、C4、C2を分解して活性化する。12番染色体短腕(12p13付近)にコードされる。
- C2・C4:C4b2a複合体を作り、C3を活性化する。免疫複合体の除去作用を持つ。
- C3:C3b4b2a複合体を構築し、C3/C5転換酵素となる。C5b以降の補体の活性化作用を持つ。
- C3a・C5s:マスト細胞を刺激してケミカルメディエーターを遊離させ、即時型反応(通称アナフィラキシー)を起こす(アナフィラトキシン)。
- C3b:異物に結合し、好中球やマクロファージの貪食能を上昇させる(オプソニン化)
- C5a:好中球を炎症部位に呼び寄せるケモカイン(遊走因子)。
- C5b6789:細菌の細胞膜を破壊、免疫溶菌反応を起こす。
補体はまるでロケットの切り離しのように自らの形を変えながら上記のような様々な形態になり様々な作用を起こします。複雑である理由は前述した通り、補体が宿主細胞に極めて強烈なダメージを与える可能性があるからです。そうならないように厳重に守られています。 再び適応の話になりますが、補体の活性の鋭敏さはすなわち感染した時の症状の強さに関連しているでしょう。活性が鋭敏であるほど殺菌能力とは別に症状が強く出るでしょう。よって、感染症の多い地域ではあまりに頻回に症状が強く出るため、活性が鋭敏である者は生きていくのが不利になるでしょう。しかしながら感染症の少ない地域では補体活性の鋭敏さがあっても、感染の機会が少ない分、症状は出ません。少しの感染でも症状が出るので感染初期に体を休めることができるでしょう。 ならば、人の体はストレスなどの環境に応じて補体活性の鋭敏さを自己調節している可能性があります。そこにはホルモンが関与していると思われ、その仕組みは極めて複雑なものだと推測されます。
ただし、そうしたホルモンと補体の関与があるということは、ホルモンバランスが崩れることで補体活性のシステムが狂うこともあることが示唆されますが、現医学の未踏の分野です。 さらに、炎症は神経終末からのプロスタグランジンやブラジキニンなどの疼痛メディエーターによって局所の浮腫が増大します。つまり、抗体や補体だけで炎症が作られるのではなく、神経細胞も加担して局所に炎症を広げます。 つまり、神経細胞の炎症や痛覚に対する鋭敏さも症状に密接に関係しているということを熟考しなければなりません。補体や抗体だけの問題ではなく全ての因果を考察すべきです。ですが、それは現医学水準では無理な話なのです。無理だから無視です。
私は独自に中枢感作について研究していますが(「中枢感作について知識を深める」「臨床疼痛」を参考下さい)、中枢感作とは簡単に言うと痛覚などの不快な信号を強く脳に伝えるシステムです。神経自体が様々な知覚信号に対して非常に鋭敏となった状態です。 局所に炎症が生じたとき、それを痛みとして強く伝えるのか、弱く伝えるのかは神経細胞のコンディションによって変わります。炎症は結局、そのシグナルが脳に伝わらなければ意味をなしません。しかしながら神経自体が損傷するとシグナルが伝わらなくなるために、他の生き残った神経は中枢感作状態となって様々な信号を痛みに変換して脳に伝えようとするでしょう。その状態が炎症過敏を作り出すと思われます。
ここまで述べたことをまとめると、炎症は体細胞の新旧入れ代わりの際に絶えず起こっています。しかし、使い古した体細胞を抗原とみなして処理する自己抗体、それに追従する補体などの状況で炎症は強く出たり、ほとんど感じない状態であったりと個人差が激しいわけです。さらにその炎症を痛みとして脳に伝える神経細胞のコンディションにより症状が変化します。 これらは遺伝子による個体差があり、さらに環境によっても変化します。 私たちが症状と呼ぶものはこれらの七変化する免疫反応や神経反応の掛け算であって単独で起こっているわけではありません。よって血液検査などで判明する各種の炎症の原因となる物質の診断基準は、事実、症状と相関しない場合が多々あります。
いいですか?ここが重要なのです。もしも、目の前の患者を本気で治療してあげたいのであれば、これまで医学の重鎮たちが作り出してきた正常値や診断基準は、参考程度にしかしてはいけないということが言いたいのです。 抗体や補体のシステムはまだまだ不明、中枢感作についてもほとんど不明、さらにこれらとホルモンの関係も不明、そうした状況をとらえ、現存する診断基準では症状を証明することができないことを真摯に認めるしかありません。それを認めない名のある医師たちの傲慢さが、患者の症状を心因性と判断する悪しき習慣を招いています。
炎症を抑える治療を行うにあたって「リウマチ因子が異常だから治療、正常だからなんともない(治療しないで様子見)」というような境界を設けてはならなりません。患者が症状を訴え、日常生活に困難を訴えるのなら、現存する診断基準で正常であっても炎症の程度に関わらず治療対象としなければなりません。これは現医学の診断基準を無視する考え方かもしれませんが、患者を本当に治そうとするならば、診断基準で治療する人としない人を分別してはいけません。
これまでの診断基準は90%の信頼域というような考えがあると思いますが、実際に患者の症状と検査データを真摯に突き合わせると、信頼域はかなり低く90%にはとても及びません(私の経験上)。特に不定愁訴と言われる症状の場合、信頼域は3割にも満たないのではないでしょうか。つまり現医学の診断学は不定愁訴には全く役に立たないと言わざるを得ません。私が日常損傷病学を立ち上げた理由は、現診断学で「異常なし」とされ「症状あり」の人々が、医療的にも社会的にも放置されている状況を何とかしてあげたかったためです。ホームドクターになろうとする医師に不可欠な学問です。